ドイツで来月24日、隣国オーストリアで10月15日、それぞれ総選挙が実施される。ドイツ連邦議会選(下院)ではメルケル首相が率いる与党第1党「キリスト教民主同盟」(CDU)がここにきてライバル政党「社会民主党」(SPD)を10から15ポイントの大差をつけてトップを走っている。メルケル首相の4選は現時点では濃厚だ。

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▲オーストリアの与党・社民党の選挙看板(中央はケルン首相)=2017年8月23日、ウィ―ン市内で撮影

 一方、オーストリアでは30歳の若さのセバスティアン・クルツ党首(外相)の保守政党「国民党」が、ケルン首相の与党第1党「社会民主党」、野党第1党の極右政党「自由党」を引き離し第1位を維持している。クルツ外相はフランスのエマニュエル・マクロン新大統領が自身の政治運動「アン・マルシェ!」(En Marche!=進め!)を結成して選挙戦を戦い圧勝したように、「セバスチャン・クルツのリスト、新国民党」を創設し、著名人を候補者リストに掲げ、従来の国民党のイメージを大きく刷新して選挙戦に臨んでいる。

 先ず、ドイツ連邦議会選では、メルケル首相がその強運を遺憾なく発揮している。今年初め、4選は難しいとみられていた。主因は2015年秋からの難民・移民殺到を誘発した難民歓迎政策の責任が追及され、支持率を急速に失っていたからだ。一方、社民党が今年3月19日、欧州議会議長を5年間務めたマルティン・シュルツ氏を新党首に迎え、新風を巻き起こす勢いを示していたこともある。メルケル首相の4選の芽はこれで絶たれたかといわれたほどだ。

 しかし、その直後に実施された3州の議会選(ザールランド州3月26日、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州5月7日、ノルトライン=ヴェストファーレン州5月14日)でメルケル首相のCDUが大健闘する一方、シュルツ党首の社会党は全敗を喫してしまった。シュルツ新党首の人気はがた落ちし、「メルケル首相はやはり強い」という印象を国民に強烈に植え付けてしまったのだ。世論調査でもCDUとSPDの支持率は逆転し、メルケル首相の独走が始まったというわけだ。

 新党首を得た社民党の選挙戦の拙さもあったが、メルケル首相の人気回復の背景には、やはり、ドイツの国民経済が欧州で最も安定しているという事実がある。大多数の国民はチェンジより現状維持を望んでいるからだ。失業率は低下し、メルケル首相の口から「2025年までに完全雇用を達成する」という言葉が飛び出すほどだ。欧州諸国の経済がもうひとつ回復しない中で、ドイツ経済だけが順調なことから、トランプ米大統領は「グロバリゼーションでドイツは独り勝ちしている」と不満を吐露したほどだ。

 もちろん、フォルクスワーゲン(VW)を皮切りにディ―ゼル車の排気ガス不正問題が次々と発覚し、“メイド・イン・ジャーマニー”の名を汚したが、メルケル首相自身が輸出国ドイツの看板を担う自動車大手会社の不正問題に対し、「ドイツ車の信頼を落とした」と厳しく批判、メルケル政権の姿勢を明確にし、現政権下で発覚した不正問題のダメージを最小限に抑えることに成功している。社民党はメルケル政権の連立政権パートナーだったこともあって、メルケル首相の難民政策を直接批判しにくいという事情もある。

 メルケル首相の難民歓迎政策が理由で険悪な関係となっていたバイエルン州の「キリスト教社会同盟」(CSU)もここにきてメルケル首相を支援する方向に軌道修正してきた。右派政党の新党「ドイツのための選択肢」(AfD)は選挙の度に躍進してきたが、党内のゴタゴタでその勢いを失ってきた。唯一、中道リベラルの「自由民主党」(FPD)が支持率を伸ばし、連邦議会での議席回復を確実にしている。「同盟90/緑の党」と左翼党は現状維持が精一杯だろう。SPDが投票日までに何らかの対策を講じない限り、「世界で最も影響力のある女性」の常連、メルケル首相はゴールを楽々と駆け抜けるだろう。

 一方、オーストリアのクルツ党首は外相として厳格な難民政策を展開し、対バルカン諸国の国境線を閉鎖する一方、北アフリカから難民が殺到しているイタリアからの難民流入を阻止するためチロル州の国境線監視の強化を打ち出している。同外相の難民政策は大多数の国民の支持を得ている。

 同国メディアの世論調査では国民党の支持率は32%前後でトップ、それを社民党と極右政党「自由党」(ハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首)両党が25%前後で追っている。クルツ外相は批判政党として躍進し続けてきた自由党の支持をも奪う勢いを見せているだけに、自由党も内心、穏やかではない。シュトラーヒェ党首は「クルツ外相はわが党の難民政策をコピーしただけだ」と嫌味をいっているほどだ。

 オーストリア政界を戦後から常に主導してきた社民党は凋落傾向にストップをかけられるかどうか、その動向が注目されている。社民党では昨年5月、ファイマン首相に代わって就任したケルン現首相が奮闘中だが、政策は新鮮味に欠け、有権者へのアピールが不足している。

 もちろん、クルツ外相の個人的人気だけで選挙を勝利できるほど現実は甘くないかもしれない。マクロン大統領は旋風を巻き起こし、大統領選後の議会選でも圧勝したが、就任100日が過ぎた今日、同大統領の人気は急落している。個人的な人気だけでは、安定した政治運営が難しいことは明らかだ。それだけに、クルツ国民党は地に足をつけた選挙戦を展開する必要があるだろう。ただし、ドイツでメルケル首相が4選を果たせば、CDUの姉妹政党の国民党はその勝利の恵みを共有できるチャンスが広がるだろう。