全ての出来事から教訓をくみ取る姿勢は大切だろう。ましてやテロ事件となれば、テロ対策という観点からも発生した事件から教訓を引き出し、今後の対策に活用すべきだろう。

 ところで、独サッカーのブンデス・リーグ1部に所属する「ボルシア・ドルトムント」(Borussia Dortmund、略字表示BVB)のサッカー選手を運ぶバスを狙ったテロ事件では何を教訓とすべきだろうか。それを考えるために、事件の状況を振り返る。

 独西部ドルトムントで今月11日、欧州選手権チャンピオン・リーグ準々決勝、ドルトムント対モナコ戦が行われる予定だった。ドルトムントの選手たちを乗せたバスが宿泊ホテルを出て試合場に向かった直後、3度の爆発が発生、幸い、DFマルク・バルトラ選手と警察官が軽傷しただけで済んだ。同チームに所属する香川真司選手は無事だった

 事件発生直後、イスラム過激派によるテロを裏付ける「アラーの名で」と書いた犯行メモが見つかったが、同時に、事件現場からは過激左派と過激右派グループの仕業を示唆する犯行文も見つかった。そこで、警察当局は慎重に捜査に乗り出した。

 事件発生の翌日、イスラム過激派と接触があったイラク人とドイツ人の名前が浮上し、イラク人が逮捕されたが、事件と関係がないことが判明し、釈放された。その後、捜査は行き詰まった。犯行の背景が特定できなかったからだ。一方、BVBのサッカー選手が爆弾事件のターゲットだったことから、国民の事件への関心は高く、独メディアも連日、大きく報道した。

 そして21日、事件は急展開した。同日早朝、対テロ特殊部隊(GSG9)がバーデン=ヴュルテンベルク州のテュービンゲン市に住むSergej Wというロシア系ドイツ人(28)を逮捕した。事件は「株のオプション取引で経済的利潤を狙った犯行」(独連邦検察のフラウケ・ケーラー氏)というのだ。イスラム過激派や左・右過激派グループによる犯罪ではなかったのだ。

 独週刊誌シュピーゲル電子版(21日)によると、連邦検察局、連邦犯罪局、そしてノルトライン=ヴェストファーレン州警察が1週間前からSergej W容疑者を監視。その発端は「容疑者が爆弾でドルトムント選手を殺害、ないしは負傷させ、BVBの株を暴落させ、いわゆる株の暴落(Put Option)で巨額な金を手に入れようとしている」という金融関係者筋からの情報だ。容疑者はBVBの選手の宿泊ホテルのコンピューターからBVBの株のオプション取引をしていた。その一方、容疑者は捜査を混乱させるために意図的に3枚の犯行メモを現場に残したわけだ。

 Put Optionは一種の賭けで特定の株の暴落に賭ける。当たれば、少額のかけ金で巨額の利益が得られる。BVBの場合、最大390万ユーロを手に入れることが出来る。独連邦刑事局 (BKA)のホルガ―・ミュンヒ長官は「今回の事件は,ドイツ犯罪史でも例のない全く新しい犯罪だ」という。

 シュピーゲル誌によると、容疑者は銀行の消費者金融(8万ユーロ)を利用してBVB株のオプションを購入したという。容疑者は今年3月、BVBの宿泊ホテルに部屋を予約、その際、犯行現場が見える部屋を要求したという。犯行日、ホテルの部屋から3個の爆発物を信号を発信させ爆発させた可能性があるという。
 爆発は3回あったが、被害が少なかった背景には、第1と第3の爆発は計画通りに爆発したが、バスを破壊する肝心の2番目の爆弾がバスの上空で爆発してしまったからだという。

 BVB関係者は「犯人が逮捕され、事件が解決できたことで選手も試合に集中できる」と歓迎する一方、ノルトライン=ヴェストファーレン州のラルフ・イェーガー内相は「犯行は低劣な動機に基づくものだ」と批判している。

 人は進化する。同時に、その人間が犯す犯罪も時代と共に進化し、巧妙かつプロフェッショナル化していく。ロシア系ドイツ人のBVBバスを狙ったテロ爆発事件はそれを裏付けている。
 容疑者は仕掛けた爆弾の爆発後、BVBの宿泊ホテル内のレストランでステーキを食べながら事件後の動きをフォローしていたという。大胆で冷淡な犯罪だ。