世界に約12億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王フランシスコは18日、7日間のメキシコ訪問を終え、ローマへの帰途の機内で慣例の記者会見を行った。そして米共和党大統領候補者の1人、不動産王のドナルド・トランプ氏について、「架け橋ではなく、壁を作る者はキリスト教徒ではない」と指摘、移民ストップやイスラム教徒の入国禁止などを主張するトランプ氏をキリスト教徒ではないと批判した。

 トランプ氏を擁護するつもりはないが、ペテロの後継者ローマ法王は如何なる理由があるとしても、「あなたはキリスト教徒ではない」と切り捨てることはできないはずだ。法王は、「米大統領選に干渉する考えはない」と断っているが、その発言内容はかなり政治的だ。
 問題は、法王が共和党大統領候補レースに干渉しているからではない。羊飼いの立場にあるローマ法王が、羊の信者たちに向かって、「お前はダメ」「お前はいい」と刻印を押すことは牧会を聖職とする法王に適しているのかだ。

 暴言や問題発言をしなかった政治指導者は皆無だろう。さまざまな暴言発言が政治家や指導者の口から飛び出す。その内容がイエスの隣人愛と合致していないという理由で、「お前はキリスト教徒ではない」というならば、世界12億人の信者を抱えるカトリック教会でどれだけ本当の信者がいるだろうか。

 清貧を説き、謙虚と慈愛を求めてきたフランシスコ法王から、裁判官のような発言が飛び出したのだ。キューバでロシア正教のキリル1世と歴史的会合を果たし、メキシコでは多種多様の礼拝、イベントに参加してきた79歳の高齢法王はローマ帰途の機内でリラックスし、口が軽くなった結果、飛び出しただけだろう。

 それにしても、フランシスコ法王には問題発言が少なくない。法王は昨年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随行記者団から避妊問題で質問を受けた時、「外部から家族計画について干渉することはできない」と述べ、「思想の植民地化」と呼んで批判する一方、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と述べ、無責任に子供を産むことに警告を発したのだ。法王の「うさぎのように…」という発言内容が伝わると、「大家族の信者たちの心情を傷つける」といった批判だけではなく、養兎業者からも苦情が飛び出したのはまだ記憶に新しい(「批判を呼ぶ法王の『兎のたとえ話』」2015年1月22日参考)。


 前法王べネディクト16世も在位期間(2005年4月〜13年2月)、問題発言がなかったわけではない。法王就任年の2005年9月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し、「ムハンマドがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用した。そのため、世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けたことがあった。
 学者法王べネディクト16世と南米法王フランシスコは、問題発言の内容もかなり異なっている。南米気質の法王を知るジャーナリストは法王から面白い発言を引き出そうと腐心しているはずだ。

 問題に戻る。トランプ氏はキリスト教徒ではないのだろうか。
 同氏はプロテスタント系の長老派教会に所属するキリスト教徒だが、集会で聖書をもって語り掛けることもある。しかし、他者を批判し、困窮下にある人間への愛の欠如はイエスの教えには一致しないことは明らかだ。が、それはトランプ氏だけではない。トランプ氏も自身の発言が問題を呼び、メディアの注目を浴びることを知った上で語っているはずだ。その意味で、トランプ氏は間違いなくポピュリストだ。
 一方、トランプ氏を批判したフランシスコ法王も自分の発言が法王らしくないことを十分知っているはずだ。法王もトランプ氏に負けないポピュリストの面があるというべきだろう。

 だから、2人のポピュリストの発言について、当方のこのコラムのように、「ああだ」「こうだ」と評することはあまり意味がないばかりか、それこそポピュリストの罠に堕ちいることにもなる。