北アフリカ・中東諸国からの難民・移民の殺到を受け、メルケル独首相の支持率が降下してきた。「世界で最も影響力のある女性」にも選出された同首相はこれまで国内外の困難に直面してきたが、政敵が羨ましくなるほど高い支持率を維持してきた。その首相も与党内から批判にさらされ出したのだ。
 与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のショイブル財務相は、「党内の状況は劇的に悪化している。難民対策で党内を分裂すべきではない」(独週刊誌シュピーゲル電子版)と警告を発しているほどだ。
 メルケル政権の与党パートナー、バイエルン州のキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼ―ホーファー党首は、「難民の無条件の受け入れは出来ない」と不満を吐露し、メルケル首相の難民受入れ姿勢をあからさまに批判している。その一方、国内で極右派グループの難民・移民収容所への襲撃が急増、国内の治安は揺れ出してきた。

 メルケル首相は8月末、ハンガリー・オーストリア経由で殺到する難民に対し、「わが国は紛争で追われたシリア難民を受け入れる」と早々と表明。それを受け、大量の難民・移民がトルコ経由、バルカン・ルートからオーストリア、ドイツ南部バイエルン州に殺到した。収容能力を超える数にドイツではメルケル首相の難民対策に不満の声が上がってきたわけだ。ドイツ政府は今年80万人の難民・移民が殺到すると予想してきたが、100万人を超える見込みとなってきた。

 メルケル政権はようやく難民対策の調整に乗り出してきた。第1弾は現行の「難民審査手続き法」を改正し、「難民審査手続き迅速法」の施行だ。同法は本来、11月1日から施行予定だったが、即実施するべきだという声が高まっている。一日でも施行が遅れると、それだけ多くの難民・移民が殺到するというわけだ。ドイツの現状はそれだけ深刻だ。
 昨年4万3620人が難民審査でネガティブとなったが、その内、2万5522人は今年6月末現在、依然ドイツに留まっている。難民審査手続き迅速法は難民資格のない者を即強制送還することを求めている。

 第2弾は、バイエルン州国境に通過地帯(Transitzonen )を設置し、難民・移民審査を迅速に実施する案だ。バイエルン州のゼ―ホーファー州知事の提案だ。それを受け、トーマス・デメジエール内相は、「通過地帯で迅速な難民審査を実施、ネガティブな場合は即強制送還する」と述べている。ただし、通過地帯設置案は社民党内で反発の声があるだけに、実施まで時間がかかるかもしれない。
 ちなみに、独公共放送局ZDFが実施した世論調査(10月20〜22日、1258人に電話インタビュー)によれば、通過地帯設置案に対して国民の71%は支持、反対は25%だった。ドイツ国内で難民・移民の強制送還はもはやタブーではなくなってきたわけだ。

 一方、極右派による難民・移民収容所への襲撃、難民収容を支持する政治家、関係者への襲撃事件が多発してきた。
 例えば、ケルン市長選挙戦で有力候補者だったヘンリエッテ・レーカー氏(Henriette Reker)が今月17日、極右派の男性に襲撃されたばかりだ。同国連邦犯罪局(BKA)は、「国内で外国人排斥の機運が高まっている」と警告を発している。
 BKAによれば、レーカー氏襲撃事件の数日後、東独のAndre Stahl市長への脅迫があったという。BKAは、「政治家だけではない。難民・移民を支援、世話する関係者も狙われる危険性がある」と警戒を呼び掛けている。

 連邦憲法保護報告書によれば、難民・移民収容所襲撃件数は昨年1年間で約200件だったが、今年10月19日現在、既に576件だ。今年7月から9月だけで285件と急増した。難民・移民襲撃事件の犯人のうち、523件は極右派関係者だが、そのうち42%は単独犯行で、6人以上のグループによる犯行は少ない。独連邦憲法保護報告書によると、ドイツでは潜在的な極右派は約2万1000人。そのうち半分は攻撃性、暴力性があると受け取られている。
 看過できない点は、ドイツのドレスデン市を中心とした反イスラム運動「西洋のイスラム教化に反対する愛国主義欧州人」( Patriotischen Europaer gegen die Islamisierung des Abendlandes、通称ぺギダ運動)が国内の難民問題を契機に再び勢いを強めてきていることだ。