アンマン取材目的の一つに日本語でも出版されている「それでも、私は憎まない」の著者、パレスチナ人医師、現トロント大学准教授のイゼルディン・アブエライシュ氏とインタビューすることにあった。

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▲インタビューに答えるアブエライシュ氏(2014年5月10日、アンマンの会議場で撮影)

 同氏はパレスチナ人難民キャンプで成長し、エジプトのカイロ大学医学部を卒業後、ロンドン大学、ハーバード大学で産婦人科を習得。その後、パレスチナ人の医者として初めてイスラエルの病院で勤務した体験を有する。
 アブエライシュ氏の運命を変えたのは2009年1月16日、イスラエル軍のガザ攻撃中、砲弾を受け、3人の娘さんと姪を失った時だ。亡くなった娘さんの姿を目撃した時、「直視できなかった」と述懐している。負傷した4番目の娘さんを救うために必死に支援を求める同氏の声は友人のジャーナリストを通じて全世界に流れた。

 その後、パレスチナ人の友人から「お前はイスラエル人を憎むだろう」といわれたが、「自分は憎むことが出来ない。イスラエルにも多くの友人がいる。誰を憎めばいいのか。イスラエルの医者たちは私の娘を救うためにあらゆる治療をしてくれた。憎しみは憎む側をも破壊するがん細胞のようなものだ」と答えてきた。その一方、亡くなった3人の娘さんの願いを継いで、学業に励む中東女生たちを支援する奨学金基金「Daughters for life Foundatoin 」を創設し、多くの学生たちを応援してきた。

 アブエライシュ氏は10日、会議場に顔を見せた。会議開始まで時間があったのでその場でインタビューを申し込んだ。以下、同氏との会見内容の概要だ。「憎しみ」の恐ろしさを説き、人間同士、民族同士の和解を求める同氏と話していると、伝道師、宣教師と会見しているような錯覚すら覚えたほどだ。

 ――あなたが出版した「それでも、私は憎まない」の反響はどうか。

 「アルゼンチンでスペイン語訳出版会から戻ってきたばかりだ。現在23カ国の言語で出版されている。数十万冊は突破しただろう。この種の本としてはベストセラーだ。今年10月にはドイツ語訳も出る予定だ。トルコ、インドネシア、中国などでも訳されている」

 ――あなたの本はイスラエルでも出版されたと聞く。

 「ヘブライ語訳で昨年出版された。イスラエル国民の間でも憎悪の心理学研究用専門書だと評価する声が聞こえる一方、『人生観が変わった』といった読書後の感想を発信する人もいる。本は特定の民族や国家を対象に書いたものではない。普遍的な価値観、人生観という観点からまとめたものだ」

 ――あなたは娘さんを殺された後、イスラエルを憎むことをしないと本の中で書いている。愛する娘さんを殺した者を憎まないというのは普通の人間にとっては非常に難しいことだ。

 「私の本のメイン・メッセージは、私たちの人生は私たちの手にあるということだ。自身の人生に責任をもち、他者を批判したり、憎むべきではないということだ。この世界はわれわれ全てのものだ。そしてそれを保護しなければならない。憎悪は大きな病気だ。それは破壊的な病であり、憎む者の心を破壊し、燃えつくす」 

 ――憎しみを克服できるあなたは例外的な人間ではないのか。

 「私は決して例外的な人間でもない。憎悪は無関心と傲慢、そして怒りからもたらされるものだ。それは普遍的な原則だ。イスラエル人やパレスチナ人だけではなく、日本人、韓国人など全ての人々に当てはまることだ」

 ――具体的な例を挙げて質問する。パレスチナとイスラエル両国間の和平交渉は暗礁に乗り上げている。

 「交渉は目的ではなく、手段に過ぎない、あなたは今、私とインタビューしている。その目的はその内容を書き、掲載することではないか。すなわち、交渉は目的を明確にし、それを履行しなければならない。世界の平和には正しい行動が必要だ。言葉ではなく、行動だ。交渉は強制では実現できない。それは選択によって実現できる。参加者全ての合意がなければならない。良き平和は決して強制ではもたらされないのだ。アラブの春でも明らかだが、人々の幸福をもたらしていない。人々の安全、生活の改善などは実現されていない。民主主義を実現する前に、国民のそれらの基本的な願いを成就しなければならない。残念ながら、アラブの春には国民の幸福、健康な生活、職場、そして教育が欠けている」

 ――あなたの本は韓国、日本でも出版されている。日韓両国は「歴史の正しい認識」で対立し、両民族はいがみ合っている。あなたは両国にどのような助言ができるか。

 「私はソウルを訪問し、歓迎を受けたばかりだ。ソウルは東京と同じ大都会だ。両国の政府関係者はまず、国民のことを優先に考えるべきだ。韓国の国民は過去の苦い体験を克服し、日本に負けない国を建設してきた。韓国は過去の囚人となるべきではない。過去の問題は優先課題とはなり得ない。過去は過去だ。過去の過ちを繰り返すことなく、未来のために生きていくべきだ。日本国民も過去の植民地政策が間違いであったことを理解している。韓国は隣人であり、互いに助け合うべきだと理解している。韓国が病に罹れば、日本も病になる。同じように、日本が苦しめば、韓国もその影響を受けるのだ。両国は少なくとも相互尊重すべきだ」 

 ――最後に、あなたは中東女学生への奨学金制度を創設し、学ぶ中東女性への支援を行っている。

 「長女は『私は家族の中でもパパに最も似ているわ。だから自分も医者になる』と言っていた。次女は弁護士になるといっていた。教会の鐘やアザーンの声を聞く度に娘たちの声が聞こえてくる。自分が他の人を憎んだりすれば、娘たちに申し訳ないという思いが湧いてくる。亡くなった娘が自分を導いてくれていると確信している。その娘たちの願いを大切にしたいので、奨学金制度を創った。中東の将来は女性にかかっている。そのため、中東女性の教育が非常に重要だ。生き延びた娘は当時、片目を失うなど、厳しい状況だったが、治療のおかげで助かった。彼女はその後、必死に勉強し、コンピューター電子技師の学士を習得した。人生には不可能なことはないのだ。教育は公平な世界を建設する手段であり、平和をもたらすと信じている。私は女性を信頼している。そのために、社会は女性に教育の機会を与え、その能力を発揮できるように鼓舞しなければならない」