黒色の大テントの中では、掛かっていた肖像画みたいなものが外された。テントの外には多数の人々がテントの中を覗いている。
 「何をしているのですか」と自分の後ろにいた貴婦人に聞いた。
 「引越しよ」
 「誰の引越しですか」と聞かなくても、そのテントの中の墓はレオポルド1世(1604年〜1705年)だということが分っていた。どうしてそのように思ったかのか、なんては聞かないで欲しい。そうなのだから。

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▲レオポルド1世(ベンジャミン・フォン・ブロッグ画、ウィキペディアから)

 レオポルト1世の墓のテントにくる途中、少々ひねくれた印象を与える若い男に会った。その男が車椅子に乗ってこちらに来る。多分、お母さんだろう、歩けない息子の車椅子を後から押している。
 若い男は当方を見つけると、「引越しだ」という。
 「とにかく、隣人の歯軋りが煩くて眠れないのだ」と不満をいいながら行った。
 
 へえー、死人も隣人の歯軋りが煩くて眠れないこともあるのか、と驚いた。

 テントの前に集まっている人々を写真に撮ろうと考え、高い場所に上がってテントの方を覗いた。そして、2度ほどシャッターを切った。
 「自分はフィルム時代から現像代を節約するために余りシャッターを切らない癖がある」と考えた。
 そして目が醒めた。

 「俺の夢の中にどうしてレオポルド1世が出てきたのだろうか」と考えた。そういえば、当コラム欄で最近、オスマン・トルコの恐怖について書いたばかりだ。レオポルド1世は確か、オスマン・トルコの北上で苦しめられた国王だったはずだ。
 「それにしても、引越しとは。オスマントルコの再襲来を恐れ、逃げ出すのだろうか」と勝手に考えた。

 
 夢の話を妻にした。同じ様に、「どうしてあなたの夢の中にレオポルド1世が出てきたのかしら」という。夢の話を聞いていた娘は「歯軋りが煩くて引越しした青年はレオポルド1世だったよ」とズバリ、いった。
 なるほど、そうならば辻褄が合いそうだ。隣人の歯軋りは地上でのトルコ系移住者たちのデモ騒動を差しているのではないか(「トルコ系移住者社会も分裂の危機」2013年6月25日参考)。

 朝食を早めに切り上げ、国連の記者室に出かけた。

 レオポルド1世がどのような人物だったのか、気になったのでコンピューターのサーチで調べてみた。レオポルド1世は神聖ローマ皇帝で、ハブスブルク家の復興に貢献した人物だ。その遺骨はウィーンのカプツィーナー納骨堂に納められているという。
 忘れていたが、当方はハプスブルク王朝の“最後の皇帝”カール1世の息子オットー・フォン・ハプスブルク氏とインタビューしたことがある(「ハブスブルクさんの『思い出』」2011年7月6日)。間接的だが、レオポルト1世とは縁があるのかもしれない。

 それにしても、ハブスブルク王朝を再建した立役者レオポルド1世が亡くなって300年後、当方の夢に現れたのだ。隣人の歯軋りが煩くて、引越し中だったのだ。

 読者の皆さんはこの夢の話をどのように受け取られるだろうか。その日、見たり、聞いたりしたことが夜の夢の中でさまざまな変容を経ながらも再現される事がある。その一方、夢を見ている人とは関係なく、夢の中に登場してくる厚かましい人物もいる。

 そういえば、最近、興味深い夢を見る人が増えてきた。知人の外交官は「俺は夢をほとんど見ないが、妻が毎夜、夢をみる、それも少々、現実離れした話が多い。先祖が出てきたり、見知らぬ人物が登場するのだ。俺は妻に説得されてカトリック信者になったが、神も死後の世界も知らないし、体験したこともない」と説明し、当方に妻の夢の解釈を求めてきた。

 「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」(新約聖書「使徒行伝」2章)という聖句を思い出した。
 300年前に亡くなった皇帝レオポルド1世が当方の夢の中に現れたとは言わなかったが、知人の外交官には科学者エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688年〜1772年)の「霊界日誌」という著書を紹介した。

 「地上では会えない歴史的な人物と夢の中で親しく話すことができれば、楽しいかもしれませよ」といって、知人の外交官の顔をチラッと見た。