ローマ法王べネディクト16世は今月末、退位するが、法王の突然の退位にキリスト教社会だけではなく、イスラム教社会でもその退位を惜しむ声が出ている。

▲ホーフブルク宮殿の式典会場で開催された「宗教・文化対話促進の国際センター」創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)
ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの元大ムフティ、ムスタファ・ツェリッチ師は法王宛の書簡の中で、「世界の多くのイスラム教徒は法王の退位表明に驚いている」と述べ、ドイツ人法王を「優れたカトリック神学者であり、真摯な羊飼いだ」と高く評価している。同師はまた、「法王はレーゲンスブルク大学での講演でイスラム教に対して否定的な見解を表明したが、その後、イスラム教国を訪問し、イスラム寺院を訪ねるなど、イスラム教への理解を深めていった」と評している。
ツェリッチ師は2007年10月、バチカンとの対話を呼びかけた138人のイスラム教指導者たちの一人だ。イスラム教指導者たちは当時、世界のキリスト教会指導者宛に書簡を送り、「キリスト教徒とイスラム教徒が平和的に共存できない場合、世界は存続の危機に直面する。われわれは相違点ではなく、基本的な共通原理に立脚すべきだ」と指摘し、キリスト教との対話を求めた。
同師が指摘しているように、べネディクト16世とイスラム教との関係は険悪だった。その直接の契機は、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したからだ。そのため、学者法王は世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けたことはまだ記憶に新しい。バチカン側は法王の発言の真意を説明するなど、世界のイスラム教徒の怒りを沈静するため多くの汗を流した。
法王とイスラム教徒との関係が改善する契機となったのは、法王のトルコ訪問(2006年11月)だ。法王はイスラム寺院を訪問した。その後、138人の主要なイスラム教指導者がバチカン宛に対話の書簡を送ったことで、両者間の関係は改善へと動き出したわけだ。さまざ紆余曲折はあったが、カトリック教会とイスラム教との間の対話は今日まで続いている。
目をイスラム教圏に向けると、チュニジアから始まり、エジプト、リビアなど北アフリカ・中東で民主化運動が発生し、独裁政権が次々と崩壊する一方、イスラム系根本主義勢力が台頭してきた。その結果、中東アラブ諸国で少数宗派のキリスト教会への迫害が強まり、イラクでは多数のキリスト教徒が母国から追われている。
それに対し、キリスト教社会の欧米諸国ではイスラム教国に少数宗派の権利尊重を訴える声が高まってきた。そのような時期、べネディクト16世が退位を表明したわけだ。イスラム教側はイスラム教への理解を深めてきたべネディクト16世の退位を惜しむのはそれなりの理由があるわけだ。
ウィーンで昨年11月26日、新しい国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)の創設祝賀会が開催されたが、主要提唱国サウジアラビアのイスラム教が戒律の厳しいワッハーブ派であり、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、同センターの創設に対して人権団体やリベラルなイスラム派グループから批判の声が聞かれた。しかし、バチカンは同機関のオブザーバーとして参加意志を表明した。イスラム教徒との対話を重視したわけだ。次期法王のイスラム教との関係が注目される。

▲ホーフブルク宮殿の式典会場で開催された「宗教・文化対話促進の国際センター」創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)
ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの元大ムフティ、ムスタファ・ツェリッチ師は法王宛の書簡の中で、「世界の多くのイスラム教徒は法王の退位表明に驚いている」と述べ、ドイツ人法王を「優れたカトリック神学者であり、真摯な羊飼いだ」と高く評価している。同師はまた、「法王はレーゲンスブルク大学での講演でイスラム教に対して否定的な見解を表明したが、その後、イスラム教国を訪問し、イスラム寺院を訪ねるなど、イスラム教への理解を深めていった」と評している。
ツェリッチ師は2007年10月、バチカンとの対話を呼びかけた138人のイスラム教指導者たちの一人だ。イスラム教指導者たちは当時、世界のキリスト教会指導者宛に書簡を送り、「キリスト教徒とイスラム教徒が平和的に共存できない場合、世界は存続の危機に直面する。われわれは相違点ではなく、基本的な共通原理に立脚すべきだ」と指摘し、キリスト教との対話を求めた。
同師が指摘しているように、べネディクト16世とイスラム教との関係は険悪だった。その直接の契機は、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したからだ。そのため、学者法王は世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けたことはまだ記憶に新しい。バチカン側は法王の発言の真意を説明するなど、世界のイスラム教徒の怒りを沈静するため多くの汗を流した。
法王とイスラム教徒との関係が改善する契機となったのは、法王のトルコ訪問(2006年11月)だ。法王はイスラム寺院を訪問した。その後、138人の主要なイスラム教指導者がバチカン宛に対話の書簡を送ったことで、両者間の関係は改善へと動き出したわけだ。さまざ紆余曲折はあったが、カトリック教会とイスラム教との間の対話は今日まで続いている。
目をイスラム教圏に向けると、チュニジアから始まり、エジプト、リビアなど北アフリカ・中東で民主化運動が発生し、独裁政権が次々と崩壊する一方、イスラム系根本主義勢力が台頭してきた。その結果、中東アラブ諸国で少数宗派のキリスト教会への迫害が強まり、イラクでは多数のキリスト教徒が母国から追われている。
それに対し、キリスト教社会の欧米諸国ではイスラム教国に少数宗派の権利尊重を訴える声が高まってきた。そのような時期、べネディクト16世が退位を表明したわけだ。イスラム教側はイスラム教への理解を深めてきたべネディクト16世の退位を惜しむのはそれなりの理由があるわけだ。
ウィーンで昨年11月26日、新しい国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)の創設祝賀会が開催されたが、主要提唱国サウジアラビアのイスラム教が戒律の厳しいワッハーブ派であり、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、同センターの創設に対して人権団体やリベラルなイスラム派グループから批判の声が聞かれた。しかし、バチカンは同機関のオブザーバーとして参加意志を表明した。イスラム教徒との対話を重視したわけだ。次期法王のイスラム教との関係が注目される。
