ユダヤ民族は久しく「ディアスポラ」と呼ばれ、世界を放浪してきた。イスラエルが1948年5月に建国されると世界に散らばっていたユダヤ人が祖国に集まってきた。欧州、アフリカ大陸から、そしてアジア諸国からもユダヤ人たちが建国された祖国に戻ってきた。最近は旧ソ連の共和国から帰郷するユダヤ人が多いという。彼らの多くはヘブライ語を話すことができないが、神の約束した地を慕って母国に帰っていく。

map 友人のロシア人記者が「世界でユダヤ人がいない国が1国だけある」という。日本ではない。ユダヤ系日本人が住んでいる。答えは、旧ソ連共和国のアルメニアだ。旧ソ連には多数のユダヤ人が居住していたが、アルメニアだけは例外だったという。どうしてユダヤ人はアルメニアには住まなかったか、友人記者は話し出した。同記者の話に先ず、耳を傾けてほしい。

 アルメニアのとある村にユダヤ人家庭が住んでいた。父親は息子にわずかなお金を渡して夕食用の買物を頼んだ。息子は父親からもらったわずかなお金を持ちながら市場に出かけ、店を覗くが、どこの店も値段が高すぎて買うことが出来ない。買物を諦めかけていた時だ。一人の店主が「少年よ、太陽が沈みかかった頃、もう一度、来てみな」と語ったのだ。
 太陽が沈んだので少年はまた市場に出かけた。すると、あんなに高かった肉類が考えられないほど安くなっていたのだ。夕食用に十分な買出しをした少年は家に戻った。買物袋一杯に食品を買ってきた息子を見て、父親は「お前はわずかなお金でどうしてこんなに多くの買物ができたのか」と聞くので、息子は市場で会った店主の話をした。父親は息子の話をじっくりと聞きながら、「息子よ、ここで生きていくのは大変だ。ここの商人たちはわれわれ以上に商才がある」と溜め息をついた。数週間後、父親と少年の家庭はアルメニアを後にし、神の約束の地を探して旅を続けたという。このようにして、アルメニアではユダヤ人が1人、また1人を去っていったため、アルメニアにはユダヤ人がいなくなったという。

 以上、友人記者の話は誇張もあるだろうし、少し間違いあるかもしれないが、とにかく「アルメニアにはユダヤ人がいない」ということだけは間違いがないという。世界の資本を牛耳るといわれるユダヤ人もアルメニアの商才には恐れをなし、近づかないというのだ。

 当方はアルメニアについて「世界最初のキリスト教国となった国」という以上の知識がなかった。アルメニア人の歴史に興味がそそられる。中世時代、アルメニア王国が崩壊した後、世界に放浪する民族となった。オスマン帝国下では多数のアルメニア人が虐殺された(「アルメニア人のホロコースト」と呼ばれる)。どこかユダヤ人の歴史に酷似しているのだ。
 「世界の華僑も脱帽し、インド人、アラブ人も恐れをなし、あのユダヤ人すらアルメニア人の前では小人に過ぎない」という話を後日聞いた。