欧州連合(EU)の国民の3人に1人以上が年に少なくとも1度は精神的病に冒される。欧州の経済大国ドイツの場合、過去10年間で精神的病が理由で障害年金を受けた国民は年金者全体の24・2%から39・3%に増加した。企業のトップ・マネージャーが突然、バーンアウト症候(燃え尽き症候)になり、企業戦線から後退を余儀なくされる。欧州の財政危機で失業者が急増している今日、精神的ストレスで不眠症、胃腸器官の不調などの病に罹る人々が少なくない。まさに、現代社会は精神的病が席巻し、その治療に取り組む心療内科医は超多忙だ。

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▲「狂気がノーマルに」を特集する独週刊誌シュピーゲル(2013年1月25日、撮影)

 その一方、ちょっとした精神的悩みや苦悩を精神的病と診断し、薬を与える精神科医に対する批判の声が上がっている。独週刊誌シュピーゲル(1月21日号)は「狂気がノーマルに」というタイトルの特集記事を掲載した。同誌は、日常生活のさまざまな葛藤や障害を直ぐに精神病のカテゴリーに入れ、治療を強いる現代の精神病学会の現状に警告を発している。

 外出せず、家に引きこもっている人がいれば、「あなたはAgoraphobie(広場恐怖症)だ」と呼ばれ、自殺を考えれば、うつ病と判断され、理由なく妻に怒る男性は「人格障害者」と烙印が押される。また、夫を失った妻が2週間以上、悲しみに沈んでいれば、何か精神病だと診断される(精神病専門医によると、親族が死んだ後、遺族関係者が最長2週間まで悲しむことは正常の範囲だが、それ以上悲しみ続けた場合、彼(彼女)は精神病と診断される)。
 
 アメリカ精神病学会(APA)が発行する「精神障害の診断と統計の手引き」(DSM)は精神科医のバイブルと呼ばれている。そこにはこれまで診断された全ての精神的病が網羅されている。そして新しい精神的病が発見されたら、新版で追加される。最近では心的外傷後ストレス障害に似た症状のPTED(外傷後苦々しい気分障害)がバイブル入りしたばかりだ。

 シュピーゲル誌によると、1952年版のDSMは130頁の小冊だったが、80年版は494頁、94年版には886頁の大冊に膨れ上がり、今年5月に発表予定の新版は1000頁を超えると予想されている。すなわち、精神的病に入る病の数が急増してきたわけだ。精神病専門医の学問的成果という面もあるが、それ以上に専門医の過剰な対応も見逃せられない。DSMの分類に従うならば、米国民の約46%は何らかの精神病を抱えていることになる。

 この精神病の洪水に批判的な精神科医や心理学者も少なくない。彼らは「多くの精神的障害や病は時間の経過と共に再び癒されていく。それを病気と診断し、薬を与えれば、本人は精神病と受け取り、病を深めていくだけだ」と警告している。精神病の増加はもちろん製薬会社の利益とも結びついてくる。多くの精神病専門医は自身が診断した精神病の呼称がDSMに掲載されることを最高の栄光と感じる傾向が強いという。

 精神的病を軽視し、疎かには出来ないが、過剰に反応し、薬漬けにすることは一層危険だろう。いずれにしても、私たちは、「正気」と「狂気」の垣根が消え、「狂気」が正気のように、「正気」が狂気のように受け取られる社会に生きているわけだ。