欧州ではクリスマス・シーズンを迎えると教会から足が遠ざかっていた人も仕事帰りや日曜日に教会に顔を出すようになる。同時に、この期間、物乞いに出会うと財布の紐が弛むなど、喧騒な日々で忘れかかっていた善意が溢れ出てくる。人々は他の月より一般的に信仰的になる。
同じ様な現象が今月20日から始まったイスラム教のラマダン(断食)期間にも見られる。もちろん、イスラム寺院には頻繁に通うが、ラマダン明けには疎遠となっていた友人、知人を夕食に招いて食事する機会が増える。1人で生活しているイスラムの青年がいると聞けば、夕食に招待して歓談するのもこの期間だ(今年のラマダンは8月18日まで)。
友人は「ラマダン期間、一人でいる事が難しくなる。常に夕食に招待されるからだ」と嬉しい悲鳴を挙げる。
そこで敬虔なイスラム教徒の友人に質問した。
「それでは、ラマダン後、一般的な人間関係はその前より深まり、険悪化した関係も改善され、平和な心が溢れるようになるのではないか」と聞くと、「そこはキリスト教社会のクリスマス・シーズンと似ている。クリスマス期間、笑い、楽しんだが、クリスマスが過ぎれば、その前と同じようになる。ラマダンの友情や慈愛がラマダン後も続くということは少ない」と指摘し、「ラマダン中の神もその後の神も同じように、人間も簡単には変わらない」と付け加えた。
アラブ・イスラム教国で紛争が生じた時、“ラマダン和平”が紛争関係者の間で議題になる。キリスト教圏でも“クリスマス休戦”という暫定和平が実現したことがあった。ちなみに、国連の潘基文事務総長は26日、全加盟国にロンドン夏季五輪大会中の“五輪停戦”を呼びかけている。
しかし、シリアではラマダン期間でも政権派と反政府間の紛争が続いている。友人は「神聖なラマダンを戦いで汚す政府軍も反政府軍も真のイスラム教徒ではない」と言い切った。ただし、「攻撃された場合、ラマダン期間でも応戦する権利は認められている」という。
友人は「ラマダン期間は物質的なことより、精神的なことに時間を多く費やす期間だが、日常小売店や食料品店は最高の売上げを記録する月でもある。多くのイスラム教徒がゲストを招いて夕食する。そのため人々は普段より多くの食料品を買い、普段より大食し、太る人も出てくる」という。
同じ様な現象が今月20日から始まったイスラム教のラマダン(断食)期間にも見られる。もちろん、イスラム寺院には頻繁に通うが、ラマダン明けには疎遠となっていた友人、知人を夕食に招いて食事する機会が増える。1人で生活しているイスラムの青年がいると聞けば、夕食に招待して歓談するのもこの期間だ(今年のラマダンは8月18日まで)。
友人は「ラマダン期間、一人でいる事が難しくなる。常に夕食に招待されるからだ」と嬉しい悲鳴を挙げる。
そこで敬虔なイスラム教徒の友人に質問した。
「それでは、ラマダン後、一般的な人間関係はその前より深まり、険悪化した関係も改善され、平和な心が溢れるようになるのではないか」と聞くと、「そこはキリスト教社会のクリスマス・シーズンと似ている。クリスマス期間、笑い、楽しんだが、クリスマスが過ぎれば、その前と同じようになる。ラマダンの友情や慈愛がラマダン後も続くということは少ない」と指摘し、「ラマダン中の神もその後の神も同じように、人間も簡単には変わらない」と付け加えた。
アラブ・イスラム教国で紛争が生じた時、“ラマダン和平”が紛争関係者の間で議題になる。キリスト教圏でも“クリスマス休戦”という暫定和平が実現したことがあった。ちなみに、国連の潘基文事務総長は26日、全加盟国にロンドン夏季五輪大会中の“五輪停戦”を呼びかけている。
しかし、シリアではラマダン期間でも政権派と反政府間の紛争が続いている。友人は「神聖なラマダンを戦いで汚す政府軍も反政府軍も真のイスラム教徒ではない」と言い切った。ただし、「攻撃された場合、ラマダン期間でも応戦する権利は認められている」という。
友人は「ラマダン期間は物質的なことより、精神的なことに時間を多く費やす期間だが、日常小売店や食料品店は最高の売上げを記録する月でもある。多くのイスラム教徒がゲストを招いて夕食する。そのため人々は普段より多くの食料品を買い、普段より大食し、太る人も出てくる」という。
