話は古くなったが書く。フランソワ・オランド仏大統領は15日、就任式に臨んだが、あいにく雨が振り出し、背広は完全に濡れ、眼鏡から雨水がたれ出したが、誰一人として新大統領に傘を差し出さない。就任式が終わるとメルケル独首相との初会談に臨むために専用機に乗ったが、専用機に落雷。安全確認のために軍基地に戻り、別の専用機でベルリンに向かった。
そのニュースを聞いて、同僚記者は「オランド氏はついてないね」と同情。一方、悲観論者の記者は「オランダ氏の姿はまさに欧州の現状を象徴的に顕現している。オランド氏の前途を予言しているね」という。
快晴下で大統領就任式に望み、専用機に乗ってベルリンに乗り込み、財政協定の再考、経済成長策の導入を主張し、パリに戻ってくれば、颯爽とした新大統領というイメージを国民に与えることができただろう。実際は、雨に祟られ、ネズミのようにずぶ濡れになり、専用機に乗れば雷神の怒りを受けてしまったのだ。「ついてない」といわれても不思議ではないところだ。
当方は、オランダ氏が眼鏡から雨水が落ちているのに全く気にせず前方を直視している姿に少々感動した。同時に、「新大統領はかなりの信念を持った人物かもしれない」といった直感が走った(直感だから説明に無理があることは分かっている)。
正直にいって、オランド氏の選挙公約を読んだ時、「ああ、典型的な社会党系政治家だ」といった印象を受けたが、就任式の様子をみて考え直した。その政治的信条は別として、欧州が危機にある時、大国フランスの政治責任を担った人物だ。それだけに「使命」をもった人物かもしれない、と受け取り出したのだ。
欧州連合(EU)、そしてユーロは今、大きな試練に遭遇している。ギリシャの財政危機の対応次第ではユーロ体制が崩壊し、世界の金融危機は一層、厳しくなる。それを舵取る政治家たちは結束して欧州の統合のため連帯しなければならない。出身国、出身政党の違いに拘っているならば、現代の危機は克服できない。その意味で、この時に一国の責任者に選出された政治家、指導者は、カナンに向かってイスラエル民族を率いたモーゼであり、パロのもとで飢餓を乗り越えるために政治を主導したヨセフ(首相)のような立場ではないだろうか。
大げさに言えば、神はオランド仏大統領を召命したのだ。神はそれぞれの国、地域、分野で特定の人物を選び、「使命」を与えているはずだからだ。オランド新大統領の就任日前後の出来事を目撃し、そのように思わされた次第だ。
「使命感」をもたない政治家、為政者たちが最近、増えてきたが、それは政治家の堕落をもたらす。為政者たちは「使命感」を有さなければならない。神を信じる為政者ならば、「召命感」という表現のほうが妥当かもしれない。
そのニュースを聞いて、同僚記者は「オランド氏はついてないね」と同情。一方、悲観論者の記者は「オランダ氏の姿はまさに欧州の現状を象徴的に顕現している。オランド氏の前途を予言しているね」という。
快晴下で大統領就任式に望み、専用機に乗ってベルリンに乗り込み、財政協定の再考、経済成長策の導入を主張し、パリに戻ってくれば、颯爽とした新大統領というイメージを国民に与えることができただろう。実際は、雨に祟られ、ネズミのようにずぶ濡れになり、専用機に乗れば雷神の怒りを受けてしまったのだ。「ついてない」といわれても不思議ではないところだ。
当方は、オランダ氏が眼鏡から雨水が落ちているのに全く気にせず前方を直視している姿に少々感動した。同時に、「新大統領はかなりの信念を持った人物かもしれない」といった直感が走った(直感だから説明に無理があることは分かっている)。
正直にいって、オランド氏の選挙公約を読んだ時、「ああ、典型的な社会党系政治家だ」といった印象を受けたが、就任式の様子をみて考え直した。その政治的信条は別として、欧州が危機にある時、大国フランスの政治責任を担った人物だ。それだけに「使命」をもった人物かもしれない、と受け取り出したのだ。
欧州連合(EU)、そしてユーロは今、大きな試練に遭遇している。ギリシャの財政危機の対応次第ではユーロ体制が崩壊し、世界の金融危機は一層、厳しくなる。それを舵取る政治家たちは結束して欧州の統合のため連帯しなければならない。出身国、出身政党の違いに拘っているならば、現代の危機は克服できない。その意味で、この時に一国の責任者に選出された政治家、指導者は、カナンに向かってイスラエル民族を率いたモーゼであり、パロのもとで飢餓を乗り越えるために政治を主導したヨセフ(首相)のような立場ではないだろうか。
大げさに言えば、神はオランド仏大統領を召命したのだ。神はそれぞれの国、地域、分野で特定の人物を選び、「使命」を与えているはずだからだ。オランド新大統領の就任日前後の出来事を目撃し、そのように思わされた次第だ。
「使命感」をもたない政治家、為政者たちが最近、増えてきたが、それは政治家の堕落をもたらす。為政者たちは「使命感」を有さなければならない。神を信じる為政者ならば、「召命感」という表現のほうが妥当かもしれない。
