西暦800年から1050年にかけ北欧(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン)ではバイキング(Viking)がその勢力を拡大していた。バイキングが他国の海岸に侵攻し、略奪を繰り返した背景にはさまざまな学説があるが、カール大帝のキリスト教の北欧進出に脅威を感じたバイキング(多神教)がそれに対抗するため立ち上がったという「キリスト教進出阻止説」が現在、有力視されている(例、793年のイングランドのLindisfarne修道院襲撃)。もちろん、バイキングが卓越した航海術をもち、他国を武装侵略できる能力があったから、という説もある。いずれにしても、バイキングが中世の欧州で大きな影響力を誇っていたことは事実だろう(デンマークのハーラル一世が960年頃、キリスト教を受け入れたのを皮切りに、スカンジナビア半島は次第にキリスト教圏に入っていく。同時に、バイキング時代は終わりを告げる)。

 どうして突然、バイキングの話を紹介したのか、と問われれば、16日にノルウェーの首都オスロで公判が始まった大量殺人テロ事件のアンネシュ・ブレイビク容疑者(33)と関連するからだ。
 容疑者は昨年7月22日、政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。その犯行動機については、「自分はイスラム教徒の進出を阻止するテンプル騎士団の騎士だ。自分は今、戦争の最中にいる」と説明し、「信念のある1人の人間は、自身の利益だけに動く10万人に匹敵する」と豪語した。

 バイキングは当時、キリスト教の北欧進出に脅威を感じていたが、21世紀に生きる容疑者はキリスト教の進出ではなく、イスラム教の進出に怯えている。怯える対象は異なるが、容疑者は自身をテンプル騎士団の騎士として、イスラム教に武装闘争を宣言しているわけだ。

 ただし、容疑者の言動は反イスラム教という視点だけでは十分説明し切れない。ノルウェーの歴史を振り返る必要性を感じる。同国は大国に絶えず支配されてきた。400年余りデンマークに支配され、その後スウェーデンに侵略されてきた。ノルウェーの民族的劇作家ヘンリック・イプセン(1828年ー1906年)は「わが国固有の文化がない」と嘆いたほどだ。オスロの容疑者は、自国に侵入する異分子、異教徒、異文化に対して、病的なほどの強い嫌悪感を持っている。イスラム教はその一対象に過ぎないのではないだろうか。

 われわれ一人ひとりが歴史の所産とすれば、その思考、言動にはその民族、国家の歴史が内包されているのは当然だろう。オスロの大量殺人テロ容疑者の場合も同様だ。容疑者の言動には、容疑者の個人史(家庭問題)だけではなく、ノルウェーという民族、国家の歴史が絡んでくるはずだ。歴史は、今を生きている人間を通じて、常に現代史として顕現するからだ。

 なお、裁判では容疑者の「責任能力」が焦点となる。容疑者の責任能力を認知した精神鑑定(今月)と、犯行当時、容疑者は偏執症精神分裂者(paranoider Schizophrenie)だった(昨年11月)として責任能力はなかったというまったく異なる2つの精神鑑定が提出されている。弁護士の説明によると、「容疑者は自身が責任能力のあることを裁判を通じて証明する」という。換言すれば、「大量殺人テロは精神病者の犯行ではなく、思想に基づいた行動であることを証明する」というのだ。
 容疑者は16日、公判で「犯行は認めるが、罪は認めない。自衛権を行使しただけだ」と述べている。