オーストリアでは若者は健康体である限り、兵役(ミリタリー・サービス)か市民奉仕者(シビル・サービス)を選択しなければならない義務がある。兵役義務は6ヶ月間、市民奉仕者は9ヶ月間だ。後者を選択する若者が増えている。移住者も国籍を修得した時が35歳以下の場合、兵役か市民奉仕者として国家に奉仕しなければならない。
 知人の息子さん(A君)は今年初めから市民奉仕者として働いている。息子さんはウィーン大学法学部の学生だが、9ヶ月間休校を強いられるわけだ。息子さんは「早めに義務を果たし、その後、学業に専念したい」という。
 A君はウィーン市内の老人ホームで奉仕活動をしている。毎朝7時に出かけ、勤務は7時半から4時まで。休憩は昼食の一時間。朝はホームの老人たちの朝食準備、スーパーでホームで必要な日用品の買い物、病気になった老人がいれば、病院に運ばなければならない。ベット作りから、老人に頼まれて近くの銀行にお金を下ろしに行くなど、さまざまな雑務が待っている。
 市民奉仕者は勤務先の希望を申請できるが、最終的には市当局が決定する。A君の場合、自宅から近い施設という希望だけを伝えていた。兵役を選択した若者も「自宅から通える兵舎」を希望する声が多く、兵舎で寄宿生活を避ける傾向は強い。
 ホームで老人をお世話していると、老人の中には奉仕者にチップ(お駄賃)を渡す場合があるが、ホームでは「絶対受け取ってはならない」という規則がある。また、正式の看護人ではないので、奉仕者は老人を看病したり、直接、体を触れてはならないことになっている。
 ホームには80歳以上の老人が多いこともあって、「働き出してから既に4人の老人が亡くなったのを見てきた」という。一人の老人が亡くなれば、翌日には新しい老人が入居するという。病院と同じで、ベットの空きをまっている老人たちが多いわけだ。
 A君によれば、「ホームでは誰も尋ねてこない孤独な老人が多く、一日中、椅子に座って一つの方向だけをを見つめている老女もいる」という。看護人たちの間で最近、「一人の老女が亡くなったが、夜になるとその部屋から電気が突然つく」という幽霊話が囁かれているという。
 兵役でも市民奉仕者でも一定の給料は支給される。A君の場合、2週間毎にもらっている。食事代も支給される。A君の先輩の市民奉仕者はホームから「9ヶ月が過ぎても勤務しないか」というオファーをもらったという。先輩は「職を見つけるのが難しいので、9ヵ月後、このホームで職員として働くつもりだ」という。
 知人は「息子は老人たちの現状や人間の死を身近にみて、いろいろと考えさせられている。私と妻は毎朝、出かける息子に、『今日もおじいちゃんとおばあちゃんに宜しくね』といって送り出している」という。