次期独大統領のヨアヒム・ガウク氏(72)は1980年代、旧東独福音ルター派教会牧師として、当時のドイツ社会主義統一党(SED)政権(共産党政権)に抵抗して民主化運動に活躍した。一方、アンゲラ・メルケル首相(57)は福音派主義教会の牧師の娘として生まれ、東西両ドイツの再統一後、旧西独のコール首相に見出されて政治のヒノキ舞台に踊り出て、今日に到る。ガウク氏もメルケル氏も旧東独時代、一方が牧師生活を送り、他方は牧師の家庭で成長した。その旧東独出身の2人がベルリンの壁が崩壊して20年以上経過した今日、ドイツ連邦大統領と連邦首相の2つの主要ポストを占めることになる。
 ところで、ガウク氏は80年代、新教牧師として共産政権の人権問題などを追及する人権活動家としてその名を広めた後、90年には牧師職をやめ、政治活動に力を注いでいく。その後、旧東独の秘密警察関連文献の個人情報管理に関する特別監理官を10年余り担当した。2000年以降は旧東独時代の体験などを講演する一方、著作活動も行ってきた。「自由と民主主義」の偉大さを訴える同氏の講演はドイツ国民の心を掴んだといわれる。
 ただし、元牧師だったガウク氏から「信仰の自由」や神についてのメッセージを期待する国民は失望するだろう。ガウク氏は主要政党が統一候補として大統領候補に推薦すると聞いた直後、「私も皆さんと同様、弱点を持つ人間に過ぎない」と表明し、国民に自身の弱みに理解を求めている。
 ガウク氏の出身地、旧東独では共産政権時代、ロストックやライプツィヒの福音派教会が民主化運動の拠点だったことはまだ記憶に新しい。しかし、ドイツの再統合後、旧東独の福音教会から信者は去り、教会はほとんど消滅状態だ。それに代わって、旧東独地域では犯罪増加や過激民族派運動が台頭してきた(「旧東独国民は欧州で最も世俗的」2009年12月18日参照)。
 ガウク氏が牧師として民主化運動に専念した後、聖職を捨てた時期に、他の多くの知識人も教会から去っていったわけだ。換言すれば、ガウク氏は統一後、教会を去った多くの旧東独知識人の一人といえるわけだ。
 以下は当方の推測だが、ガウク氏は旧東独が消滅した後、「神」の代わりに「自由と民主主義」を自身の人生哲学として生きてきたのではないか。4人の子供がいる本妻とは別居し、別の女性と交流するその生き方は、同氏を聖職者の道から引き離し、「人間の自由」を最大の価値とみなすリベラルな知識人に変身させていったのではないか。興味深いことは、ガウク氏は旧東独より、旧西独で多くの支持者を有していることだ。