一人の外交官が駐在国に長く勤務していたら、それだけ駐在国の事情、政治も言語も一層理解できるようになる。もちろん、それは外交官だけではない。商社員もジャーナリストも同じだ。しかし、駐在期間が10年を超え、19年目を終え、来年はいよいよ駐在20年という大台に入る場合、どうだろうか。具体的には、駐オーストリアの北朝鮮大使、金光燮大使の場合だ。

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▲ウィーン郊外の金大使の私邸

 金大使は1993年3月18日、信任状を当時のオーストリアのトーマス・クレスティル大統領に手渡した日から数えてまもなく19年を終える。もちろん、金大使は駐在オーストリアの外交官の中では最長駐在大使だ。毎年大統領府で開催される新年会では最上座を確保できる有資格者だ。
 駐在ウィーンの北外交官に聞くと、「金大使はオーストリアが大好きだ」という。だから可能な限り、駐在したいというのだ。欧州連合(EU)駐在初代北大使というオファーも聞くが、「そんな話はまったくない」と一蹴する。
 北朝鮮大使の中でも金大使は全く例外的だという。金大使より同じ任地で長く駐在した北大使は駐スイス大使を務めた李徹氏だけだ。同大使も2010年3月末、帰国した。
 金大使の特異な立場は、敬淑夫人が故金日成主席と金聖愛夫人との間に生まれた長女だ、という事実に起因することはもはや説明が要らないだろう(金大使と敬淑夫人の間には2人の息子、忠民と東民がいる)。故金総書記の異母の姉妹だったこともあって、結婚した直後から金大使は外様大名のような立場を甘受せざるを得なかったわけだ。
 1994年に金主席が死亡すると、その後継者、金正日総書記の前で絶対忠誠を誓った外交官だ。その後17年間余り、金総書記とは義兄弟の関係だった。そして現在、大使は自分の息子のような年齢の金正恩氏に仕える外交官となった。
 オーストリア駐在直後は「大使が金ファミリーのメンバー」といわれることを極力、回避してきた。そのように見られるのを嫌悪すらしてきた。当方は過去、数回、大使と会見したが、その返答は国営朝鮮中央通信社(KCNA)の内容を繰り返すものがほとんどだった。その意味で「あまり面白みのない会見パートナー」だ。当方は金大使から金正男氏(故金総書記の長男)のような爆弾発言を期待していないが、大使の本音を一度は聞きたいと思っている。