アルプスのローマ・カトリック教国オーストリアで昨年、5万8603人の信者たちが教会から脱会したことは紹介済みだが、自身の担当教区の全教会脱会者のフルネームを教会誌に掲載して大きな反響を呼んでいる神父がいる。
 二ーダーエスタライヒ州のジツェンドルフ(Sitzendorf)のニコラース・ヤンセンス神父だ。脱会者名の公表がオーストリアのメディアで大きく報道され、話題となると、神父自身もビックリ。「教会誌では昨年の全ての行事や出来事を信者たちに伝えるので、教会脱会者についてもその氏名を掲載しただけだ」と説明し、他意がなかったことを強調するなど、弁明に追われている。
 ウィーン大司教区側は「教会脱会者名を公表することは個人情報の保護という観点からも容認できないことだ」と指摘し、神父の行動に対し、明確な距離を置いている。
 一方、データー保護運動グループは「公表された元信者たちは教会に対し告訴すべきだ」と述べている。告訴する場合、教会脱会者がその名前の公表でどのような被害を被るかが大きな問題点となる。
 ジツェンドルフは人口2000人余りの小村だ。誰が何をしているか、村民はお互いに知っている。教会側が昨年教会を脱会した氏名を公表すれば、村民からは「彼は教会から離れた人間だ」といった罪人扱いを受け、“村八分”にされる事態が予想できるわけだ。
 話は飛ぶが、読売新聞電子版(27日)を読んでいた時、ブリュッセル発の面白い記事を見つけた。「欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会がインターネット上の個人情報保護のため、利用者がネット事業者に情報の削除を要求できる『忘れられる権利』を盛り込む法案をまとめた」というのだ。
 話を戻すが、ヤンセンス神父は教会脱会者のこの「忘れられる権利」を侵害した、ということもできるわけだ。
 小村で一人の村民が教会から脱会したと公表されればさまざまなハンディを背負う。だから、教会脱会者はその事実を他の村民に敢えて知らせたくない、と考えても不思議ではないだろう。そして教会側は脱会者の「忘れられる権利」を尊重しなければならないはずだ。
 そのように考えると、教会脱会者名の公表はひょっとしたら脱会者に対する教会側の“嫌がらせ”ではないか、といった穿った見方もできるわけだ。