チュニジアから始まった北アフリカ・中東の民主化運動(通称“アラブの春”)は今月で1年目を迎えた。
 チュニジアやエジプトでは既に議会選挙が実施され、予想されたことだが、イスラエル根本派勢力がいずれも過半数を獲得するなど、“アラブの春”は“イスラエルの春”となったといわれる。
 ここでは“アラブの春”について書くつもりはない。“アラブの春”がどのような経由か分らないが中欧のオーストリアに波及し、音楽の都ウィーンに到着した、という話を紹介したいのだ。
 オーストリア国営放送(ORF)のブラベツ事務局長が室長(高給ポスト)に同国与党社会民主党(SPO)の放送評議会代表ニコラウス・ペリンカ氏(25)を抜擢したことに抗議、同放送編集局のスター・ジャーナリストたちが中心となって、「放送の独立性を侵害する党派人事は許されない」と事務局長を批判。夜7時半の主要ニュース番組でも放送局内の人事を報道し、トップを糾弾する事態となったのだ。一種の下克上だ。
 隣国ドイツの日刊紙「ベルリン新聞」(Berliner Zeitung)はORFの内紛を“アラブの春”に倣って“オーストリアの春”と称した。
 ところで、独紙が“オーストリアの春”と表現したのにはそれなりの理由がある。冷戦時代からオーストリアの社会システムは旧東欧共産諸国に酷似しているといわれてきた。旧東欧諸国は民主化されたが、オーストリア社会は今日まで旧体質を引きずってきた。国営放送内の人事だけではない。鉄道など基幹産業から商工会議所まで同国では政党による支配が続いてきた。オーストリアは政党支配の社会といわれ、党派人事、縁故主義は日常茶飯事だ。
 エジプトのカイロのタハリール広場でムバラク独裁政権打倒の為に立ち上がった青年たちのように、ORFの場合、レポーターやジャーナリストたちが「社民党派の人物が事務局長室長に就任するのは放送局の独立性、自立性を無視するものだ」と批判し、ORFの旧体質打倒のために立ち上がったわけだ。
 ブラベツ事務局長は19日、「放送局内で対立することは公共放送の運営上、良くない」として事務局長室長人事を撤回すると表明した。4週間余り続いた“オーストリアの春”は一応、これで幕を閉じることになった。
 しかし、「ペリンカ氏だけではない。ORFには党派人事でポストに就任した人材がまだいる。ORFが真の改革を願うならば、それらの人事も再考しなければならない」(日刊紙エストライヒ主幹ヴォルフガング・フェルナー氏)といった声が聞かれる。ORFの“オーストリアの春”は真の改革まで長い道程が控えているわけだ。