他者や組織に経済を依存している場合、その人はその他者の意向や組織の方針を無視して自由に発言できない。逆に、自立経済の場合、その言動は自由を満喫できる。北朝鮮の故金正日労働党総書記の長男、金正男氏の言動をみているとそのことを改めて感じる。
 金正男氏は過去、、日本メディアとのインタビューの中で正恩氏への世襲を何度か厳しく批判している。最近では、北京で韓国教授の質問に答え、「父(金総書記)の死は自然でしょう」と答えたという。
 北朝鮮国民が国内に居住していたなら、そのような発言をした人物は即、その場で処刑されるか、強制労働収容所送りとなるだろう。
 ところで、正男氏はこれまでのところ無事だ。2回ほど、反正男派の「正男氏暗殺計画」が欧米メディアを賑わしたことがあったが、噂で終わった(中国当局が平壌指導部に『正男氏に手を出すな』と警告した、という情報がある)。
 「この親にして、この子あり」ではないが、正男氏の息子、ハンソル君(金総書記の孫)は昨年10月、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルの国際学校に入学したが、「金総書記の孫という事実は自分に大きな負担を与える」と語り、「共産主義より民主主義がいい」「国民が飢餓で苦しんでいることに心の痛みを感じる」と述べたというのだ。
 正男氏の発言を凌ぐ超過激な内容だが、これまでのところハンソル君が拘束されたとか、処分された、といった情報はない。北外交官は「16歳の青年の発言に過ぎない。シリアスに受け取る必要はない」と説明する。
 ところで、正男氏は40歳だ。16歳のハンソル君ではない。正男氏の発言内容を考えるなら、本来、処罰対象を逃れることができないはずだ。
 父親・金正日総書記が生きている時は良かった。正男氏は2001年5月、東京のディズ二ーランドを観たくて不法入国し、成田空港の入国管理局に拘束され、強制出国という惨めな失態をみせ、父親の面子を傷つけたが、正男氏は総書記の長男だ。この事実は大きな生命保険だった、
 しかし、父親の死後、正男氏を取り巻く環境は劇的に変化したはずだ。父親という生命保険がなくなったのだ。正男氏家族の安全は今後、どうなるのか。
 「父親を失った正男氏の発言は今後慎重になるだろう」という予想はどうやら期待はずれだ。それでは、正男氏は自暴自棄となっているか、それとも……。その通り、正男氏は別の生命保険をかけていたのだ。
 経済的には、平壌から生活費の送金は必要でないのだ。正男氏は中国系企業とビジネスをし、生活には困らない資産を既に保有している。平壌の正恩氏の顔色をみながら発言する必要はないのだ。
 次に、安全問題だ。中国共産党は正男氏の安全を保証している。中国にとって、正男氏は平壌有事の際に利用できる人物だ。北の新最高指導者・正恩氏が中国当局の意向に反して行動した場合、北京は“正男氏のカード”をちらつかせるだけで十分だ。

 以上、正男氏は平壌中央政界から完全に自立した存在なのだ。経済的に自立している正男氏は機会ある度に母国の世襲制を批判するだろう。政治的野心も関心もない腹違いの兄、正男氏の存在は今後、正恩氏にとって益々煙たい存在となっていくかもしれない。