クリスマスが過ぎると欧州の国民は一種の虚脱感に襲われる。その倦怠感を振り払うように、新年の訪れをダンスを踊りながら迎える人々が多い。
 ウィーンのローマ・カトリック教会の精神的支柱、聖シュテファン大寺院周辺では31日、シルベスター(大晦日)の夜、欧州各地から人々が集まり、シャンペンとワルツで新年開始のカウンティングを始める。周辺のレストランはシルベスター用の特別メニューを用意し、客を誘う。
 イベントは繰り返されるから、「2012年」もひょっとしたらそのようにして始まるかもしれない。その意味で「12年も11年と大きな変化はない」という声もある。
 その一方、「12年は、11年やその前よりまったく異なった様相を帯びてくる」と予想する人も少なくない。内外ともに一層の混迷と危機が生じ、それらに対応できない人々が溢れる年の到来というのだ。
 外的には、欧州では、財政赤字対策と緊縮予算で迎える。クリスマス・シーズンで緩んだ財布の紐をきつく結び、もはや日用必需品以外のものを購買する考えは出てこない。内的には、世界や国家の行方が見えないことからくる焦燥感に悩まされる人々が増えるだろう。
 政治的には12年は主要国の選挙の年だ。ロシア大統領選(3月)、米大統領選(11月)、韓国大統領選(12月)などが控えている。選挙結果によっては、世界の政情にも大きな変化が生じる。また、金正日労働党総書記が亡くなった北朝鮮は4月15日の故金日成主席生誕100年目を迎え、「強盛国家建設」が始まる。     
 当方は「『2012年』と時の印(しるし)」2010年1月8日)というコラムの中で、「2012年」が歴史的に大きな節目と語った。中南米で華やかな文明を誇ったマヤ人の長期暦が12年12月21日で終わるからではない(当方は人類滅亡説の信奉者ではない)。政治、経済、宗教、文化など全分野で12年がこれまでの1年とは異なった展開をするだろうと予感するからだ。
 新しい年が、私たちを幸せにするのか、それとも困窮を強いるのか、当方には分らない。はっきりしている点は、13年を迎えるためには12年をどうしても乗り越えなければならないということだ。

 読者の皆様も健康に留意され、新しい年を迎えてください。