42年間、独裁者として君臨したリビアのカダフィ大佐は先月20日、最後の拠点だった中部シルテで反政権派によって拘束され、その直後、死亡が確認された。
あれから2週間以上が過ぎた。反カダフィ派軍兵士によって殴打され、射殺された独裁者の死は世界に衝撃を投じた。特に、まだ生存中の独裁者たちは自身の「Xデー」と重なり、大きなショックを受けたことは間違いないだろう(「チャウシェスクとカダフィ大佐」(2011年10月22日参考)。
カダフィ政権派と反カダフィ派との内戦では、北大西洋条約機構(NATO)の空軍攻撃が政権軍の敗走に繋がったことは疑いない。反政府軍だけでは軍事力で優位なカダフィ政権軍を破る事は難しかったからだ。
ところで、ここにきて「カダフィ大佐が核兵器を含む大量破壊兵器を断念せず、保持していたら、NATO軍はトリポリを攻撃できなかっただろう。そして、カダフィ大佐は依然、独裁者として君臨できたはずだ」という意見が聞かれる。
カダフィ大佐は2003年12月、国際社会からの孤立を脱するため、米英両国との間で大量破壊兵器(WMD)の全廃で合意した。「もし、カダフィ大佐が米英両国の説得工作に乗らず、核兵器開発計画を放棄していなかったならば、大佐の運命は全く違ったものとなった」というシナリオは非常に説得力がある。
その上、イランと北朝鮮両国はカダフィ大佐の死から教訓を学んだという。すなわち、(独裁)政権を堅持しようとするならば、核兵器を含む大量破壊兵器を絶対破棄してはならない、ということだ。これがカダフィ大佐の誤算からイランと北朝鮮為政者が汲み取った「教訓」というのだ。
別の例を挙げてみよう。新生ウクライナは国内に配置されていた旧ソ連の核兵器を解体・破棄したが、「キエフが核兵器を国内で保持し続けていたら、今のように欧州連合(EU)に頭を下げる“乞食外交”は必要なかった」というのだ(ウクライナ国内の核兵器は全廃された)。
ウクライナは1994年1月、米国とロシア両国との間で今後7年以内にウクライナに配備された旧ソ連の核兵器を解体・廃棄することを明記した共同コミュニケに調印している。
北朝鮮の金正日労働党総書記はロシアや中国の首脳会談で6カ国協議の無条件再開に意欲を表明したが、カダフィ大佐の死後、その考えに変化が見られるという。盟友カダフィ大佐の死から金総書記は学んだのだ(北国営メディアはカダフィ大佐の死をまだ報じていない)。
この推測が当たっているとするならば、6カ国協議が再開されたとしても政治ショー以上の意味はなく、平壌が核兵器を放棄することは絶対ない、と受け取るべきだろう。
あれから2週間以上が過ぎた。反カダフィ派軍兵士によって殴打され、射殺された独裁者の死は世界に衝撃を投じた。特に、まだ生存中の独裁者たちは自身の「Xデー」と重なり、大きなショックを受けたことは間違いないだろう(「チャウシェスクとカダフィ大佐」(2011年10月22日参考)。
カダフィ政権派と反カダフィ派との内戦では、北大西洋条約機構(NATO)の空軍攻撃が政権軍の敗走に繋がったことは疑いない。反政府軍だけでは軍事力で優位なカダフィ政権軍を破る事は難しかったからだ。
ところで、ここにきて「カダフィ大佐が核兵器を含む大量破壊兵器を断念せず、保持していたら、NATO軍はトリポリを攻撃できなかっただろう。そして、カダフィ大佐は依然、独裁者として君臨できたはずだ」という意見が聞かれる。
カダフィ大佐は2003年12月、国際社会からの孤立を脱するため、米英両国との間で大量破壊兵器(WMD)の全廃で合意した。「もし、カダフィ大佐が米英両国の説得工作に乗らず、核兵器開発計画を放棄していなかったならば、大佐の運命は全く違ったものとなった」というシナリオは非常に説得力がある。
その上、イランと北朝鮮両国はカダフィ大佐の死から教訓を学んだという。すなわち、(独裁)政権を堅持しようとするならば、核兵器を含む大量破壊兵器を絶対破棄してはならない、ということだ。これがカダフィ大佐の誤算からイランと北朝鮮為政者が汲み取った「教訓」というのだ。
別の例を挙げてみよう。新生ウクライナは国内に配置されていた旧ソ連の核兵器を解体・破棄したが、「キエフが核兵器を国内で保持し続けていたら、今のように欧州連合(EU)に頭を下げる“乞食外交”は必要なかった」というのだ(ウクライナ国内の核兵器は全廃された)。
ウクライナは1994年1月、米国とロシア両国との間で今後7年以内にウクライナに配備された旧ソ連の核兵器を解体・廃棄することを明記した共同コミュニケに調印している。
北朝鮮の金正日労働党総書記はロシアや中国の首脳会談で6カ国協議の無条件再開に意欲を表明したが、カダフィ大佐の死後、その考えに変化が見られるという。盟友カダフィ大佐の死から金総書記は学んだのだ(北国営メディアはカダフィ大佐の死をまだ報じていない)。
この推測が当たっているとするならば、6カ国協議が再開されたとしても政治ショー以上の意味はなく、平壌が核兵器を放棄することは絶対ない、と受け取るべきだろう。