エジプトの少数宗派、キリスト教コプト派の最高指導者シュヌーダ3世総主教は政府のキリスト教徒数に関する問い合わせに応じるため国内の信者数を調査するように関係教区に通達した。調査はコプト派の各教区に設置される委員会が責任をもって行う。調査対象はコプト派だけではなく、他のキリスト教徒数も含まれるという。
ムバラク政権時代、コプト派の公式信者数は330万人、人口の4%となっていた。それに対し、シュヌーダ3世総主教は、「教会内の資料によれば、信者数は少なくとも1200万人」という。参考までに、コプト派と他のキリスト教団体が実施した調査結果によると、キリスト教徒数は1700万人、人口の約20%という非公式結果が残されている。
同総主教の就任40周年を祝う予定だった先月9日、カイロとアレクサンドリアでコプト教徒らが同派の保護を要求して大規模デモを行い、軍・治安部隊と衝突、27人が死亡し、300人余りが負傷したばかりだ。また、コプト教徒とイスラム教徒の間では過去、何度も衝突が起きている。5月には、イスラム教徒がコプト教会に押し入り、コプト教徒と衝突、双方で10人以上の死者が出た。べバ教区のコプト派主教は「エジプトのキリスト教徒は過去100年間で最悪の時を迎えている」と述べているほどだ。
ところで、エジプトで民主化運動が始まった今年2月、シュヌーダ3世総主教はムバラク大統領(当時)に対して支持表明をしている。その理由は、(1)ムバラク政権がコプト派キリスト教徒の存在を黙認していたこと、(2)イスラム根本主義勢力の躍進への懸念があったこと、等が挙げられる。
コプト派の中には、国の民主化を支援して反ムバラク政権デモ集会に参加する信者たちも少なくなかった。すなわち、コプト派内は当時、民主化運動に対してどのようなスタンスを取るか、でコンセンサスがなかったわけだ。
ムバラク政権が崩壊し、11月28日にはムバラク政権崩壊後の初の議会選挙が実施される。それに先駆けでコプト派最高指導者が信者数の調査を通達したわけだ。新政権に対してコプト派の存在をアピールし、「信仰の自由」を確保する一方、議会選挙で躍進が予想されるイスラム根本主義グループに対して、教会勢力を掌握し、戦いに備える、といった狙いもあるのだろう(自軍の勢力を正しく掌握することは、戦のイロハだ)。
ムバラク政権時代、コプト派の公式信者数は330万人、人口の4%となっていた。それに対し、シュヌーダ3世総主教は、「教会内の資料によれば、信者数は少なくとも1200万人」という。参考までに、コプト派と他のキリスト教団体が実施した調査結果によると、キリスト教徒数は1700万人、人口の約20%という非公式結果が残されている。
同総主教の就任40周年を祝う予定だった先月9日、カイロとアレクサンドリアでコプト教徒らが同派の保護を要求して大規模デモを行い、軍・治安部隊と衝突、27人が死亡し、300人余りが負傷したばかりだ。また、コプト教徒とイスラム教徒の間では過去、何度も衝突が起きている。5月には、イスラム教徒がコプト教会に押し入り、コプト教徒と衝突、双方で10人以上の死者が出た。べバ教区のコプト派主教は「エジプトのキリスト教徒は過去100年間で最悪の時を迎えている」と述べているほどだ。
ところで、エジプトで民主化運動が始まった今年2月、シュヌーダ3世総主教はムバラク大統領(当時)に対して支持表明をしている。その理由は、(1)ムバラク政権がコプト派キリスト教徒の存在を黙認していたこと、(2)イスラム根本主義勢力の躍進への懸念があったこと、等が挙げられる。
コプト派の中には、国の民主化を支援して反ムバラク政権デモ集会に参加する信者たちも少なくなかった。すなわち、コプト派内は当時、民主化運動に対してどのようなスタンスを取るか、でコンセンサスがなかったわけだ。
ムバラク政権が崩壊し、11月28日にはムバラク政権崩壊後の初の議会選挙が実施される。それに先駆けでコプト派最高指導者が信者数の調査を通達したわけだ。新政権に対してコプト派の存在をアピールし、「信仰の自由」を確保する一方、議会選挙で躍進が予想されるイスラム根本主義グループに対して、教会勢力を掌握し、戦いに備える、といった狙いもあるのだろう(自軍の勢力を正しく掌握することは、戦のイロハだ)。
