15年前頃、ウィーン市14区警察署から呼び出しを受けたことがある。拘束されたクルド系活動家の所持品の中に当方の名刺が見つかったという。そこで警察署側は当方とクルド系運動家の関係を調査しているというのだ。
 そこで早速、所定の警察署オフィスに出かけ、説明する羽目となった。
 「クルド系活動家は知っていますよ。インタビューするために彼に名刺を渡したことがありますから」
 警察側は当方の説明を聞いて一応納得し、「分った。この調書に署名してくれ」というと、一枚の紙を差し出した。当方の説明が記述されている内容だ。これで一件落着したが、名刺を渡す時は相手が誰かを見極める必要がある、と教えられたものだ。
 名刺に関連して最近、別の体験をした。名刺を受け取れない人々がいることを知ったのだ。
 ウィーン国連記者室にいた時だ。駐国際原子力機関(IAEA)担当のイスラエル大使が歩いてきた。いつものように、一人のガードマンが大使を警備している。時間があったのでガードマンに声をかけた。
 「国連ではいつも見かけますね。最近、イスラエル大使は駐IAEAの米大使と国連内の喫茶店で頻繁に会われていますね」というと、大使専属のガードマンは笑いながら、「君は良く知っているね」と少し驚いた表情をした。
 そこで「貴国と米国はIAEA総会のアラブ側の反応で対策を協議しているのではないですか」というと、彼は慌てで「僕は何も知らないよ」と答えた。
 若いイスラエルのガードマンと知合いになるのも悪くないだろうと考え、当方の名刺を渡そうとすると、「ジャーナリストや他国の外交官から名刺を受けることは禁止されている。規則でね」と、名刺の受け取りを拒んだのだ。
 彼によると、警備担当官が職務中、第3者から名刺を受け取ることは「安全対策上」好ましくないことから、禁止されているという。それを聞いて、「名刺の受け取りを禁止されている職種もあるのか」と驚いたものだ。
 彼が自動小銃を腰の脇に隠していることを知っている。いつ何時、敵から攻撃されても反撃できるようにしているのだ。
 ちなみに、ウィーンの国連内で専属警備員が自国の大使や外交官を常時警備している国はイスラエルだけだ。