日本の与党・民主党は選挙前にマニフェストを作成し、政権獲得後の政策を有権者に発表したが、めでたく菅直人政権が発足すると、その公約は次々と放棄され、修正されていった経緯は日本の読者の皆さんは良くご存知だろう。
 菅政権を擁護するつもりはないが、公約を履行しなかった政党は民主党だけではない。そしてもっと深刻な政党はドイツのメルケル政権を支える与党「キリスト教民主同盟」(CDU)だ。保守政党としての看板を自ら下ろしてきたのだ。
 思い出して欲しい。メルケル独首相は過去、「世界で最も影響力のある女性」に選出された敏腕な女性宰相だったが、最近はどう贔屓目にみても陰りがみえてきた。年齢のせいだけではない。
 メルケル政権発足後、CDUはその党主要政策を修正、ないしは放棄し、今では同党の綱領は死文化してきたのだ。
 CDUはキリスト教の信仰を土台として創設された政党だ。信仰に基づく家庭観、世界観を標榜してきたが、社会の世俗化の流れに呼応するため、同党は同性愛者の公認・結婚認可などを認め、リベラルな家庭観を容認する政策に修正した。
 当方はこのコラム欄で「独CDUから『C』が消える日」(2008年7月2日)を紹介し、CDUが本来のキリスト教世界観、価値観から離脱してきたと示唆したが、その懸念が一段と現実味を帯びてきた。
 独カトリック教会ケルン大司教区のマイスナー枢機卿は、独連邦議会がヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究に関する規制を緩和する改正幹細胞法案を可決した直後、「CDUはもはやカトリック教徒にとって絶対支持しなければならない政党ではなくなりつつある」と指摘したほどだ。
 次は、福島第1原発事故が発生し、欧州の主要原発国ドイツは5月30日、2022年までに脱原発を決定した。同国の17基の原発のうち、安全点検中の7基と操業中止の1基を廃炉し、残りは遅くとも22年までに脱原発するという計画だ。
 シュレーダー社会民主党(SPD)政権時代の脱原発路線をひっくり返して原発再開を模索してきたメルケル政権にとっては苦渋の決断だったはずだ。CDUのエネルギー政策は原子力エネルギーの平和利用を大きな柱としてきたが、メルケル政権はその政策を放棄せざるを得なくなったわけだ。そして、メルケル政権下で義務兵役制の停止が決まった。
 独ヘッセン州のローラント・コッホ州首相(52)が昨年5月25日、突然、政界から引退し、経済界に入ると表明し、CDU内に大きな波紋を投じたことはまだ記憶に新しい。党内保守派の代表格だった同州首相の辞任は、CDUがもはや保守派政治家の政党でなくなってきたことを強く示唆している。
 独週刊誌シュピーゲルのクリストファ・シュヴェニッケ記者は、「遅くやってきた政党」というタイトルで「CDUは社会のリベラル化を『単なる流行』と受け止め、それに適応する努力が遅れた」と指摘しているが、当方は「CDUの問題はリベラル化への適応の遅れではなく、保守政党としての主要政策を放棄していったことにある」と受け取っている。
 いずれにしても、メルケル首相のCDUは次期総選挙では野党SPDや「同盟/緑の党」らの挑戦を受けて苦戦を余儀なくされるだろう。