ウィーン国連機関も8月に入れば会議らしい会議はない。国連職員もこの時期に休暇を取る者が多いので、職員食堂は空席が目立つ。まだ働いている職員も話題はバケーションだ、といった具合だ。
 そのような静かな国連に頻繁に出入りし、Mビルの58号室で朝から会議をしている外交官たちがいる。アラブ連盟主催の会議だという。
 「この夏季休暇シーズンに緊急に話さなければならないテーマなどあるのだろうか」――。好奇心が沸いてきたので知人のアラブ外交官にそれとはなく聞いてみた。
 答えは、「国際原子力機関(IAEA)の第55回年次総会(9月19日〜23日)に提出予定の議題『イスラエルの核能力』についてだ」という。
 外交官は、「アラブ諸国が昨年総会で提出した議題『イスラエルの核能力』の決議案は反対51票、賛成46票で否決された。カリブ海の小国が米国の要請を受けて反対に回ったからだ。そこで今年は加盟国を招き、アラブ側の主張を説明しているところだ。昨日は英国代表と、今日はカザフスタン代表と話し合ったばかりだ」という。
 アラブ諸国は今年の年次総会でも、「イスラエルの核能力」についての議題を再び要請する意向を固めている。IAEAの天野之弥事務局長には書簡でその旨を通達済みだという
 アラブ側の“秋のイスラエル攻勢”への外交は水面下でかなり進行していることを伺わせた。
 ちなみに、アラブ諸国が提出予定の決議案では、(1)中東地域の安全と安定にとって核拡散で生じる脅威に懸念を表明、(2)イスラエルの核能力に懸念を表明、同国が核拡散防止条約(NPT)に加盟し、全ての核関連施設をIAEAの包括的核査察協定下に置く事を要求、(3)IAEA事務局長にはこの目的を実現するために懸念国と連携を取ることを要求、等の内容だ。
 そういえば、数日前、IAEA担当のイスラエルのエフド・アゾウライ大使がIAEA担当のグリン・デービス米大使と国連Mビル内でかなり長い時間、ヒソヒソ話をしているところを目撃されている。ひょっとしたら、アラブ側のイスラエル攻勢にどのように対応するかを話し合っていたのかもしれない。
 天野事務局長はアラブ諸国のイスラエル批判に答え、イスラエルにNPT加盟を促すことを公約してきたが、成果は挙がっていない。中東の核フリー地帯実現のためには、イスラエルのNPT加盟が前提だが、同国はこれまでの所、譲歩を見せていない。
 夏季の休暇を楽しんでいる外交官が多い中、アラブ諸国の外交官たちは“9月の決戦”に向かって既に走り出している。