独ローマ・カトリック教会司教会議が先月29日、公表した昨年度教会統計によると、同国教会で昨年、18万1193人が教会を脱会した。その数は前年度比約47%増となる。
ハンブルク教区のヤシュケ司教補佐は「独教会の辛く、悲しむべき事実を現している」と指摘。信者の教会離れの原因については、「聖職者の未成年者への性的虐待事件を契機に、国民は教会に距離を置きだした」と分析している。
ちなみに、教会の公式統計によると、昨年度洗礼者数は17万0339人、死亡信者数は25万3000人。礼拝訪問率12・6%(前年度13%)だった。
独教会信者総数は27司教区で2465万人、独人口の30・2%を占める(前年度比で0・3%減)。
独出身のローマ法王ベネディクト16世は9月22日から4日間の日程で母国を司牧(訪問)する。それに先立ち、独司教会議議長のロベルト・ツォリチィ大司教は「法王の訪問が国民の神への信仰を蘇生させる切っ掛けとなることを願う」と述べている。
【短信】 ナチス副総裁ヘスの「墓」解体
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)副総裁、ルドルフ・ヘスの墓は先月20日未明、墓の管理人と遺族の合意のもと解体され、遺体は火葬され、灰は翌日、海に流されたばかりだが、ヘスを崇拝する約250人の極右過激派が23日、墓があったヴンジーデル市内に結集してデモ行進した。
約50人の極左派活動家が反デモを行い、極右派のデモ行進を妨害した。警察部隊が衝突を警戒して警備にあたった。また、約300人の市民が極左派と極右派のデモに抗議して教会に集まり、無暴力を呼びかけ、憎悪と外国人排斥に抗議する礼拝を開いた。
同市のカール・ヴィリ・ベック市長は極右派のデモを「われわれの民主主義への攻撃だ」と批判し、オスロの大量殺人事件に言及しながら、「ドイツにとって侮辱だ」と述べた。
ヘスの墓は久しく極右派活動家たちの巡礼地となり、ヘスの死去した8月17日には慰霊集会が開かれるなど、ヒトラーの副総裁ヘスは殉教者と称賛されてきた経緯がある。
ヘスは1894年、オスマン帝国アレクサンドリアで生まれ、1933年、ヒトラーの片腕となった。敗戦後の1946年、ニュルンベルク国際軍事裁判で終身刑の有罪判決を受けた。そして87年、ベルリンのシュパンダウ刑務所で自殺した。彼の遺言に基づき、両親が葬られているヴンジーデル市にこれまで埋葬されてきた。
ハンブルク教区のヤシュケ司教補佐は「独教会の辛く、悲しむべき事実を現している」と指摘。信者の教会離れの原因については、「聖職者の未成年者への性的虐待事件を契機に、国民は教会に距離を置きだした」と分析している。
ちなみに、教会の公式統計によると、昨年度洗礼者数は17万0339人、死亡信者数は25万3000人。礼拝訪問率12・6%(前年度13%)だった。
独教会信者総数は27司教区で2465万人、独人口の30・2%を占める(前年度比で0・3%減)。
独出身のローマ法王ベネディクト16世は9月22日から4日間の日程で母国を司牧(訪問)する。それに先立ち、独司教会議議長のロベルト・ツォリチィ大司教は「法王の訪問が国民の神への信仰を蘇生させる切っ掛けとなることを願う」と述べている。
【短信】 ナチス副総裁ヘスの「墓」解体
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)副総裁、ルドルフ・ヘスの墓は先月20日未明、墓の管理人と遺族の合意のもと解体され、遺体は火葬され、灰は翌日、海に流されたばかりだが、ヘスを崇拝する約250人の極右過激派が23日、墓があったヴンジーデル市内に結集してデモ行進した。
約50人の極左派活動家が反デモを行い、極右派のデモ行進を妨害した。警察部隊が衝突を警戒して警備にあたった。また、約300人の市民が極左派と極右派のデモに抗議して教会に集まり、無暴力を呼びかけ、憎悪と外国人排斥に抗議する礼拝を開いた。
同市のカール・ヴィリ・ベック市長は極右派のデモを「われわれの民主主義への攻撃だ」と批判し、オスロの大量殺人事件に言及しながら、「ドイツにとって侮辱だ」と述べた。
ヘスの墓は久しく極右派活動家たちの巡礼地となり、ヘスの死去した8月17日には慰霊集会が開かれるなど、ヒトラーの副総裁ヘスは殉教者と称賛されてきた経緯がある。
ヘスは1894年、オスマン帝国アレクサンドリアで生まれ、1933年、ヒトラーの片腕となった。敗戦後の1946年、ニュルンベルク国際軍事裁判で終身刑の有罪判決を受けた。そして87年、ベルリンのシュパンダウ刑務所で自殺した。彼の遺言に基づき、両親が葬られているヴンジーデル市にこれまで埋葬されてきた。