76人もの国民を殺害したオスロのアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は自身をイスラム教徒の進出を阻止するテンプル騎士団の騎士と考え、「自分は今、戦争の最中にいる」と評している。
 ノルウェーでは移住者が近年増加傾向にあるが、イスラム教徒の数は人口の2%にもならない。しかし、容疑者の憎悪はイスラム教徒に向けられ、イスラム教の欧州進出に強い危機感を感じている。
 容疑者の反イスラム主義は今日的な社会テーマだ。特に、2001年9月11日の米国内多発テロ事件後、イスラムフォビア(イスラム教嫌悪)と呼ばれる社会現象が欧米社会で広がっている。
 自分とは違う世界観、外観、慣習を有する者に、人は違和感を持ち、ある時は嫌悪感、ひいては脅威を感じるものだ。
 キリスト教の起源は中東地域にある。そこに後発のイスラム教が進出していった。一方、欧州でキリスト教が定着するまで長い時間と多くの戦いがあった。中世に入り、プロテスタント運動が発生し、新旧両派の間で長い紛争が生じた。
 そして今、イスラム教が再度、欧州の入口までその勢力圏を広めてきた。オスマン・トルコの悪夢から解放されない欧州社会ではイスラム教の進出を不安な思いで見つめている、といったところかもしれない。
 信仰の祖・アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗派は過去、さまざまな民族紛争を誘発し、衝突を繰り返してきたわけだ。
 一人の若いノルウェー人の容疑者が北上するイスラム教徒に憎悪を感じたとしても不思議ではない。しかし、容疑者の攻撃の牙はイスラム教徒に向かったのではなく、イスラム教徒の移住に寛大な政策を施行してきた与党・労働党の若い世代に向けられたのだ。
 容疑者が殺害したのはイスラム教徒ではなく、容疑者と同じノルウェーの青年たちだ(多くは福音ルーテル派教会信者)。爆発したのはイスラム寺院ではなく、政府庁舎の建物だ。米国社会のシンボル、世界貿易センターを破壊した国際テロ組織アルカイダやその後のイスラム過激派自爆テロとは明らかに異なる。
 容疑者は「イスラム教徒を輸入した政治家とその予備軍」としてその蛮行の動機を説明しているが、厳密にいえば、容疑者はイスラム教の進出から国民を守るテンプル騎士団の騎士ではなく、守るべき国民を殺害した大量殺人者に過ぎない。
 弁護士は容疑者との面接後、「容疑者は精神的病にかかっている。彼の言動を理解するのは非常に難しい」と吐露している。容疑者の犯行動機を反イスラム主義の観点から解釈していくと分りやすい半面、多くの矛盾点も見えてくる。容疑者の饒舌な言葉の谷間に落ち、出口が分らなくなる危険性がある。
 容疑者の「宣言表明」を読む限り、容疑者が最も嫌悪していたのは、ひょっとしたら自身の家庭を崩壊させる原因ともなった欧州社会に席巻するリベラルな道徳観、家族観ではなかったか、という思いがする。容疑者の父親と母親に向けられた言葉は辛辣であり、一種の“審判”ですらある。