当方はオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計76人を殺害(4人行方不明)したアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)のことを考えてきた。
 そこに英国の女性歌手エイミー・ワインハウスさん(27)が23日、ロンドンの自宅で亡くなった、というニュースが飛び込んできた。2008年にはグラミー賞で5冠を達成し、スーパースターの座を獲得、若者たちの間で人気があったが、薬物中毒とアルコール中毒に悩み、今年6月の公演をキャンセルするなど、その言動は不安定さを増していた矢先だ。
 オスロの犯罪を考えてきた当方の頭の中で、ワインハウスさんの死とブレイビク容疑者が次第に重なってくるのを感じた。後者は大量殺人犯であり、前者は薬物・アルコール中毒の犠牲者だが、両者に共通点があることに気付いたからだ。両者とも幼少時に両親が離婚し、親の愛を十分受けずに育ったこと、親の不在がその心の成長に深く影響を与えたことなどだ。
 ブレイビク容疑者の両親は離婚し、外交官だった父親はフランスに戻った。容疑者は少年時代、父親に会いたくてフランスに遊びに行ったが、ある時、父親と喧嘩して以来、両者は会っていないという。容疑者はオスロの郊外で母親と共に住み、農場を経営する独り者だ。
 一方、ワインハウスさんは両親が離婚後、精神が不安定となり、自身の手をナイフで傷つけるなど自傷行為に走る一方、次第に麻薬とアルコールへ傾斜していったという。
 両親の離婚後、ブレイビク容疑者は哲学書を読み、社会の矛盾などに敏感に反応する青年として成長していった。ワインハウスさんは歌を通じて自身の内的孤独を癒していったのだろう。
 ところで、両親の離婚はもはや大きなテーマではない、という声もある。特に、離婚が日常茶飯事の欧州社会では、両親ともいる家庭で幼少期を育った子供たちのほうが少数派だ。音楽の都ウィーンでは、3組に2組の夫婦が離婚する社会だ。
 「離婚、家庭の崩壊」は社会全般に及ぶ。政治を司る政治家も同様だ。健全な家庭で育った政治家は決して多くない。何度も結婚、離婚を繰り返したドイツのシュレーダー元首相は例外ではないのだ。
 当方は、ブレイビク容疑者のプロファイルを書いた昨日のコラム「オスロの容疑者の『思考世界』」の中で、「情感世界の欠陥」を指摘した。
 ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は、「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」という。明らかに、「情感世界」の欠陥を感じさせるからだ。
 欧州社会は今日、“家庭で無条件に愛された経験の乏しい若者たち”で溢れている。愛を十分受けられなかった人間は後日、さまざまな方法でそれを補おうとする。ワインハウスさんは自身の欠如感を癒すために自身を傷つけ、麻薬とアルコールの世界に溺れ、オスロの容疑者は全ての欠如の原因を外の世界にあると考え、憎悪していった。反応は内外の違いこそあるが、両者は驚くほど似ているのだ。他者を愛するようになるためには、無条件の愛を受けたという幼年期の体験が不可欠なのだ。
 「家庭の崩壊」は社会の“時限爆弾”となる。それは暴発する危険性があるのだ。オスロの蛮行の再発防止のためにも「家庭の崩壊」を深刻に受け止める時だろう。