リトアニアが戦争犯罪人として欧州の逮捕令状に基づき追跡してきたロシアの元KGBメンバー( Michail Golovatov )が14日、ウィーン国際空港で逮捕されたが、翌日(15日)釈放され、モスクワに帰国したことが明らかになり、リトアニアとオーストリア間の関係が険悪化している。
 リトアニア側は、「欧州司法が戦争犯罪人として探してきた人物をどうして釈放したのか。欧州連合(EU)の一員として加盟国への連帯感に欠ける行為だ」と指摘、不愉快を吐露。抗議の意思表示としてウィーン駐在自国大使を18日、帰国させたばかりだ。
 一方、オーストリア司法省は「リトアニアの逮捕令状の内容が曖昧だった。そこでリトアニアにも問い合わせ、身元を確認したが、明確な返答がなかった。それで釈放した。今回の決定は法律上、外交上、全ての規則に基づいて下されたものだ。非難を受ける理由はない」と弁明している。
 ソ連は1991年1月、独立宣言したリトアニアに武力侵入し、多数の死傷者を出した(通称「1991年血の日曜日事件」)。その事件の責任者がロシアの元KGBメンバーであり、リトアニアが戦争犯罪人としてこれまで追ってきた経緯がある。
 冷戦時代からソ連に弾圧されてきた他のバルト諸国、エストニアとラトビア両国はリトアニアに連帯を示し、欧州委員会の司法担当ヴィヴィアン・レディング委員宛てに抗議の書簡を送り、その中でオーストリア当局の非協力な姿勢を批判している。
 オーストリア国内でも今回の決定に対し批判の声が挙がってきた。野党「緑の党」のピルツ議員は、「ロシア政府から圧力があった」と指摘、オーストリアの外交がロシア外交の力に敗北したと非難している。ちなみに、ロシアでは元KGBを釈放したオーストリアの外交を評価する声が挙がっている、といった具合だ。
 ロシアのソチ冬季五輪大会(2014年)の施設建設分野などでオーストリア企業が多く進出している。プーチン首相の逆鱗に触れて商談を台無しにするより、小国リトアニアの批判を甘受したほうがいい、という判断がオーストリア関係者側にあったのだろう、という憶測まで流れている。
 オーストリアの今回の決定をみていると、当方などは2001年5月の北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男、金正男氏の日本密入国事件を思い出してしまう。偽造旅券で入国しようとした正男氏は成田空港の入国管理局に拘束された。
 日本は金正男氏を調査したが、北朝鮮側に問い合わせることもせず、北朝鮮との関係悪化を回避するために(超法規的判断に基づき)、正男氏を釈放した。日本側の判断に対して、その弱腰外交に批判の声が挙がったことはまだ記憶に新しい。
 オーストリアの「元KGBメンバー釈放」と日本の「金正男氏国外追放処置」は、時期とその内容は異なるが、「煩わしいことにはできるだけ関与しない」といった官僚主義的な外交姿勢は驚くほど酷似している。