「人間は生来、宗教的だ。神や死後の世界を信じるように刷り込まれた素質がある」
 これは英オックスフォード大学の2人の学者が3年間以上、220万ユーロの経費を投入して進めてきた国際研究プロジェクトの結論だ。バチカン放送(独語電子版)が18日、報じた。
 同プロジェクトには57人の学者が参加、40以上の研究をまとめた。同プロジェクトの共同議長、哲学教授のローガー・トリック氏は、「人間の思考は宗教的な次元で世界を分析するようになっている。もちろん、神を信じるように設計されていると主張するのは少し安易すぎる。なぜならば、外的影響、例えば、文化が(人間の思考に)重要な役割を果たしているからだ」と説明している。
 当方はこの欄で「大震災後、日本で『宗教の覚醒』」(2011年4月14日)というコラムを紹介した。東日本大震災後、日本の社会で宗教的覚醒が観察できるという内容だ。東京に住むブラジル出身宣教師がカトリック宣教通信 Fidesdienst に対して答えた内容だ。
 同宣教師は「日本の社会は通常、物質主義、生産と利益によって動かされてきたが、大震災後、祈りの価値や精神的価値を見直す動きがみられる」と報告している。
 上記の英学者の立場からいうならば、「われわれは生来、宗教的観点で物事を判断するように刷り込まれている。大震災はその生来の傾向を目覚めさせただけだ」ということになる。
 内村鑑三はその著書「代表的日本人」の中で「人間の最大関心事は宗教であります。正確に言うならば、宗教のない人間は考えられません」と述べているが、英学者の研究プロジェクトの結論はそれを追認している内容だ(「人間の最大関心事は宗教」09年11月30日参照)。
 それでは、どうして人間は(物事に対し)宗教的に反応するのだろうか。そもそも「宗教的」とは何を意味するのだろうか、といった新たな疑問が出てくるはずだ。
 神を信じる者としては、「われわれはそのように創造されたからだ」と答えるしかない。換言すれば、「神は存在し、死後の世界も存在するからだ」といえる。そして人間は本来、それらを認識し、それらとコミュニケーションできたのではないだろうか、といった思いが強まってくる。