ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(64)は当然2013年の再選に出馬する考えだが、ここにきて「天野事務局長が再選できない場合」というシナリオが欧米の外交筋で囁かれ出しているのだ。
 国連専門機関のトップの任期は最大2期(1期4年間)、8年間だ。だから天野氏は17年までIAEA事務局長ポストを維持できるわけだ(エルバラダイ前事務局長の12年間、ブリクス元事務局長の16年間は例外)。
 ところが、「天野氏の再選」を快く思わない加盟国が増えてきているという。この傾向が今後も続けば、「天野氏の再選は難しくなる」と予想されだしたのだ。
 天野氏が当選した2009年7月理事会の投票結果を思い出して欲しい。最有力候補だった天野氏の支持票が当選ライン(有効投票の3分の2)に届かなかった。理事国35カ国の場合、当選するためには24票の支持国が必要だが、通算5回の投票で23票止り。当選に1票足りない状況が続いた。そして6回目の信任投票でも支持票は23カ国と変わらなかったが、反対票を投じてきた理事国12国の1国が突然、棄権に回ったため、天野氏は有効投票34票の3分の2の当選ラインを突破できた経緯がある。すなわち、天野氏は理事国の圧倒的な支持を得て事務局長に就任したわけではないのだ。
 だから、再選を果たすためには加盟国の支持拡大が不可欠だが、最初の任期の1年半が過ぎ、「加盟国で天野氏の再選不支持」が広がってきたというのだ。それが事実とすれば、「天野氏の再選に赤信号」が点されたことになる。
 IAEA事務局長に就任した直後、天野氏は「静かな事務局長」(extraordinarily quiet)といわれた。そして昨年12月、内部告発サイト「ウィキリークス」が米外交公電を公表し、そこで「天野氏はIAEA担当米大使に対し、人事からイラン核問題まで重要事項では米の主張を支持すると伝達した」というのだ。
 実際、IAEA担当のソルタニエ・イラン大使は「天野氏は優秀な外交官だが、日本政府の外交政策には満足できない。原爆被爆国にもかかわらず、核軍縮問題で努力が足りない上、米国の核拡散防止条約(NPT)違反に対しては沈黙してきた」と指摘、米国追従姿勢に懸念を表明している。
 そして今年3月、福島原発事故が発生した。加盟国の中には「日本人事務局長に福島原発事故の完全解明は期待できない」といった不信の声が挙がってきた。
 そこで「天野氏が再選されない場合」というシナリオが次第に現実味を帯びてきたというわけだ。
 欧米外交筋が語ったシナリオの一部を紹介する。IAEAと同じウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)の次期事務局長はアジア地域の番だ。中国は世界保健機関(WHO)のトップの座を押えている。韓国は国連事務総長を抱えている。日本の場合、IAEA事務局長を有しているが、天野氏が再選できない場合、「UNIDOトップを最大分担金を負担する日本から選出する」というのだ(もちろん、天野氏の再選が確実の場合、UNIDOトップは他のアジア諸国から選出する)。
 多くの課題を抱え、超多忙な天野氏には自身の再選についてゆっくりと考える時間がないだろうが、再選を確実にするためには不支持国の信頼獲得が急務だ。