国際原子力機関(IAEA)は加盟国との間で核保障措置協定(セーフガード)を締結し、それに基づき原発の安全性や核査察協定の履行状況をチェックするが、IAEA査察官がどの国でも査察を履行できる、というわけではない。例えば、ロシア出身の査察官は日本の原発の査察を担当しない。というより、日本側がロシア人査察官の査察を歓迎しない。ロシア側に日本の先端の原発情報が流れることを恐れるからだ。日本だけではない。インド出身の査察官はパキスタンの原発の査察には同行しない。別の出身国の査察官が行く。国の政治情勢や機密保持問題が深く関わってくるからだ。規則というより、不文律のルール、といったほうがいいだろう。原発はその国の科学技術の総結集といわれる。だから、敵国や政治的に対立している国の査察官は歓迎されないわけだ。
 東日本大震災の時、米国を含む多数の国が支援を申し出た時、日本側の反応は消極的だったといわれる。菅直人首相は「日本は自国で被害に対応できる」と説明し、外国からの支援を断ったために、後日、批判に晒された。
 首相の発言を擁護するわけではないが、原発の場合、外国の関与を避けようとするのはある意味で当然だろう。管首相が被害状況を過小評価していたこともあるが、支援を断った背景には、「原発の機密」を守るという国としての基本方針があったはずだ。
 古い例だが、旧ソ連のキシュテム(Kyshtym)で核事故(1957年)が起きたことがある。原子炉の発電プロセスではなく、軍用原子炉の使用済み核燃料の再処理施設(軍用プルトニウム生産)で爆発事故が起きたのだ。膨大な放射線(ストロンチウム90やセシウム137)が広大な地域に飛散した。国際原子力事象評価尺度(INES)」の暫定評価によれば、「レベル6」だ。チェルノブイリ原発事故とスリーマイル島原発事故の中間に位置する「深刻な事故」だ。
 旧ソ連政府は当時、軍用原子炉施設の事故を公表せず、久しく隠してきた。IAEAが事故の報告を受けたのは、事故発生32年後の1989年だったという。
 発電用原子炉ではなく、軍用原子炉の場合、機密保護は一層、厳格だ。軍用核施設の事故は米国でも発生している。旧ソ連や米国は当時(冷戦時代)、軍用プルトニウム生産していたから、情報の公開は元々考えられなかったわけだ。
 ところで、チェルノブイリ原発事故8カ月後、コンクリート製のシェルターの中に入って検査した一人、アナトリー・トカチュク氏は19日、ウィーンで自著「自分はチェルノブイリのシェルターの中にいた。副題・生存者の報告」(Ich war im Sarkophag von Tschernobyl, Der Bericht des Ueberlebenden)の発表記者会見を開いた。
 そこで同氏は、米ロ両国が今年2月、新戦略兵器削減条約(新START)を発効させたことで双方が相手国の軍事施設を視察できるようになった点に言及し、「冷戦時代には考えられなかったことだ。相互信頼を回復する重要な一歩だ。原発の情報公開にも相互信頼が前提条件となる」と強調した。
 換言すれば、原発事故の場合も相互信頼関係がなければ情報の公開も難しいわけだ。福島原発事故でも情報の早急な公開を求める声が強いが、「政府と国民」間の信頼関係、「自国と他国」の信頼関係が情報の公開の前提条件となるわけだ。
 なお、トカチュク氏は記者会見の最後に、「自分は世界で最初に宇宙飛行したユーリイ・ガガーリン大佐の娘さんに、大佐が宇宙飛行を終えて家庭に戻った時、最初に何を語ったかを聞いたことがある。すると、娘さんは「父(大佐)は『地球が余りにも小さく、壊れやすい星だ、という印象を受けた』と教えてくれたという。人間は科学技術を発展させたが、同時に、地球の資源や環境を汚染してきた。地球は壊れやすい。原発事故はそのことを端的に示している」と指摘、「われわれ人間の唯一の母国、地球を大切にしてほしい」と語った。