国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長には口癖がある。「全ての国際機関がそうであるように、IAEAも加盟国の意向に依存している」という発言だ。例えば、原子力の安全条約の強化問題でもそうだ。IAEAが原発の安全強化を一方的に加盟国に強制できない。順序が逆だ。加盟国からの要請を受けて、IAEA側が規約作成を主導し、加盟国の承認を受けるか、加盟国が提出した草案を理事会にかけて協議するしか選択肢はない。後者の場合、IAEAは文字通り、会議の場を提供するだけで発言権は加盟国にある。多くのケースはそれに当たる。
天野氏の口癖は決して「敗北宣言」ではない。国際機関の現実だ。IAEAは単独で何もできない。だから、原子力安全条約の強化にしても、原発国の加盟国が経済負担を理由に難色を示した場合、実現が難しくなるわけだ。
それだけではない。「原子力エネルギーの平和利用の促進」を掲げているIAEAに勤務する職員の問題だ。機関のソフト面だ。2000名を超える職員を有している花形機関だが、原発危機に対応できる能力を有しているだろうか。最近では、福島県飯舘村で検出された高濃度の放射性物質について、国際原子力機関(IAEA)と内閣府・原子力安全委員会との間で測量値の評価で対立が生じたばかりだ。
優秀な人材は2、3年、キャリアを積んだ後、民間の原発機関に移るケースが多い。例えば、イラン、北朝鮮の核問題に精通していたハイノーネン前査察局長(事務次長)は希望すれば退職後も数年勤務できるが、高給料で米国の研究機関にスカウトされている。
また、天野事務局長時代に入って職員との雇用契約で支障が出てきている。すなわち、「相対的に短期間の雇用契約が多くなった」からだ。そのため、職員の中には将来に不安を感じ、仕事に集中できないケースも出てきたという。
職員の中には、アルコール中毒、上司との対立、セクハラ問題までさまざまな問題が生じている。もちろん、IAEAだけの問題ではない。高尚な国連憲章を掲げる国連の機関は程度の差こそあれ、その実態は生々しい人間集団だ(「国連は生々しい人間集団」2009年5月20日参照)。
福島原発の危機を契機に、世界はIAEAに原発の安全監視を期待しているが、天野事務局長の口癖が証明するように、IAEAは国際機関としての限界を抱えているのだ。
天野事務局長は先日、6月20日に原発安全性問題の閣僚級会議をウィーンで開催すると発表したが、原発大国フランスのサルコシ大統領は訪日時、「5月のG8(サミット主要国首脳会議)で原発の安全問題を議題とする」と発表し、先手を打っている。同大統領は「IAEAは加盟国の意向に答える下請け機関に過ぎない」ことを熟知しているわけだ。
天野氏の口癖は決して「敗北宣言」ではない。国際機関の現実だ。IAEAは単独で何もできない。だから、原子力安全条約の強化にしても、原発国の加盟国が経済負担を理由に難色を示した場合、実現が難しくなるわけだ。
それだけではない。「原子力エネルギーの平和利用の促進」を掲げているIAEAに勤務する職員の問題だ。機関のソフト面だ。2000名を超える職員を有している花形機関だが、原発危機に対応できる能力を有しているだろうか。最近では、福島県飯舘村で検出された高濃度の放射性物質について、国際原子力機関(IAEA)と内閣府・原子力安全委員会との間で測量値の評価で対立が生じたばかりだ。
優秀な人材は2、3年、キャリアを積んだ後、民間の原発機関に移るケースが多い。例えば、イラン、北朝鮮の核問題に精通していたハイノーネン前査察局長(事務次長)は希望すれば退職後も数年勤務できるが、高給料で米国の研究機関にスカウトされている。
また、天野事務局長時代に入って職員との雇用契約で支障が出てきている。すなわち、「相対的に短期間の雇用契約が多くなった」からだ。そのため、職員の中には将来に不安を感じ、仕事に集中できないケースも出てきたという。
職員の中には、アルコール中毒、上司との対立、セクハラ問題までさまざまな問題が生じている。もちろん、IAEAだけの問題ではない。高尚な国連憲章を掲げる国連の機関は程度の差こそあれ、その実態は生々しい人間集団だ(「国連は生々しい人間集団」2009年5月20日参照)。
福島原発の危機を契機に、世界はIAEAに原発の安全監視を期待しているが、天野事務局長の口癖が証明するように、IAEAは国際機関としての限界を抱えているのだ。
天野事務局長は先日、6月20日に原発安全性問題の閣僚級会議をウィーンで開催すると発表したが、原発大国フランスのサルコシ大統領は訪日時、「5月のG8(サミット主要国首脳会議)で原発の安全問題を議題とする」と発表し、先手を打っている。同大統領は「IAEAは加盟国の意向に答える下請け機関に過ぎない」ことを熟知しているわけだ。
