東日本を巨大地震と津波が襲ってきてから2週間が経過した。直接の被災者の方々、そして日本の国民の皆さんも辛い、長い時間を耐えて来られたと思う。
 今後の復旧作業のために体力を蓄え、精神力を高めていくためにも、皆さんは心の緊張を少し解き、寛ぐことが大切だろう。そこで、「地震のない国」に住む日本人の一人として、日本の皆さんに欧州の国民なら知っているちょっとした小話を紹介する。

1)教会の時計と「悪魔」

 マルタ(Malta)をご存知だろうか。人口40万人余りの地中海の小国だ。欧州連合(EU)加盟国であり、ローマ・カトリック教が主要宗教だ。ローマ法王ベネディクト16世が昨年4月、2日間の日程でマルタを司牧(訪問)したばかりだ。
 ところで、同国のカトリック教会には通常、礼拝を告げる教会の鐘と時計がある。問題はその教会の時計だが、マルタの教会の時計は“どこも”正しい時刻を示していないのだ。もちろん、バテリー不足でも故障でもない。
 「時刻を正確に示さない時計など価値がないから、新しい時計を取り付ければいいだけだ」と賢明な日本人ならば直ぐに考えるだろう。
 問題は教会の時計が「わざと」とデタラメな時刻を示していることだ。それも先述したように、同国の全ての教会の時計が正確な時刻を示していないのだ。理由はある。「悪魔が礼拝の時間を知れば、それを妨害しようと事前に画策する危険がある。そのため、意図的に間違った時刻を示している」というのだ。
 キリスト教信者ではない人に向かって、「悪魔」といえば笑われるかもしれないが、マルタの敬虔なキリスト教信者たちにとって、「悪魔」は疑う事ができない存在なのだ(聖書には300回以上、悪魔が登場する)。
 いずれにしても、信者たちは、教会の時計ではなく、自分の腕時計をみて、礼拝に遅れないようにしなければならないのだ。


2)劇場と「黄色」

 17世紀のフランス劇作家モリエールをご存知の方は多いだろう。当方は「人間嫌い」「病は気から」「いやいやながら医者にされ」等の作品を読んだ程度だが、「喜劇を悲劇と同じ水準まで引き上げた功績者」といわれ、高く評価されている劇作家だ。現在の「コメディ・フランセーズ」はモリエールの死後、創設された。
 ところで、モリエールは1673年、自作「病は気から」の主人公を演じている時、心臓発作を起こして急死した。モリエールがその時、黄色の衣装を着ていたことから、「劇場関係者はその後、黄色をタブー視しだした」という。
 黄色は交通標識では「注意」を意味し、自動車や歩行者は気をつけなければならないが、劇場関係者にとっては「黄色」はモリエールの急死以降、不吉な色と受け取られているというのだ。


3)イプセン夫人とクリントン米国務長官

 ヘンリック・イプセン(1828-1901年)はノルウェーの代表的劇作家だ。多くの作品が日本訳で出版されているから、読者の皆さんも良くご存知だろう。ここではイプセン論を展開する考えはまったくない。ウィーン大学の文学教授から聞いた話を紹介するだけだ。
 ウィーン大学でイプセンに関するシンポジウムが開催された時だ。駐オーストリアのノルウェー大使がわざわざ会場に尋ねてきて、シンポジウム主催者に「イプセンを批判しないでほしい」と要請したというのだ。イプセンはノルウェーでは国家的劇作家だけではなく、聖人と受け取られているというのだ。その聖人を批判しないでほしいというわけだ。この願いを聞いた主催者側は驚くと共に、「ノルウェー国民にとってイプセンは民族の誇りなのだ」ということを知ったという。ちなみに、肝心のイプセンはノルウェーが余り好きではなく、ドイツやイタリアで長い間、生活している。
 ところで、イプセン夫人のスザンナさんは、いろいろな不祥事を起こす夫イプセンと最後まで離婚しなかったことから、米文学者は「イプセン夫人はクリントン国務長官に似ている」と評しているという。