イスラエルで昨年度、キリスト教信者数が前年度比で1%と微増したという。同国中央統計局が6日、公表した。ちなみに、同国人口は昨年度、約760万人で、人口の28%は15歳以下によって占められている。
 もう少し詳細にみると、ユダヤ教徒数は577万人で前年度比で1・7%増、アラブ系住民は2・4%増で156万人。そして約22万人が外国人労働者だ。キリスト者数は微増したが、全体の人口に占める割合は低下した。
 ところで、統計は一見、冷たいが、事実を的確に反映する。イスラエルでキリスト者であることは、仏教国でキリスト信者となるよりも難しいことかもしれない。
 ユダヤ人への伝道団体「ユダヤ人をイエスへ」(JFJ)の創設者モイシェ・ローゼン氏が今年5月19日、78歳で死去したばかりだ。JFJは1973年に設立されたユダヤ人のキリスト者組織で、イエスをメシア(救世主)として受け入れる運動「メシアニック・ジュー」と呼ばれている。
 ユダヤ人に「イエスがメシアであった」と伝道することは安易な業ではないだろう。ユダヤ教徒にとって、イエスは預言者の一人であったかもしれないが、ユダヤ人が待ち続けてきた民族解放者、メシア(救い主)ではなかったからだ。
 イエスを「救い主」と認めれば、ユダヤ人が「救い主」を殺害した大犯罪人となってしまう。キリスト教派の中には、ユダヤ民族がナチス政権時代に受けたホロコーストはメシアを殺害したユダヤ人に対する神の刑罰だ、と考える根本主義者もいる。
 ユダヤ人を弁護するのではないが、「モーセ五書」(旧約聖書の創世記、出エジプト記、レビ記、民数紀、申命記)を信じていた当時のユダヤ人にとって、安息日を破り、売春婦に救いの手を差し伸べるイエスをメシアとして受け入れることは至難の業だった。イエスに従った多くのユダヤ人たちは「モーセ五書」すら読んだ事がない者たちであり、社会の底辺に属する人たちが多かったのは偶然の事ではない。聖パウロもダマスコへの途上、復活したイエスと会合しなかったならば、生涯、イエスを信じる信者たちを迫害する敬虔なユダヤ教徒であり続けたはずだ。
 歴史で「if」はタブーだが、ユダヤ社会が当時、イエス(自身もユダヤ人だった)をメシアとして受け入れていれば、ユダヤ教を中心にその教えがローマへ、そして他の大陸へと伝えられていっただろう。キリスト教という新しい宗派が誕生する必要もなかったはずだ。世界の情勢も今日みられるような複雑な状況ではなかっただろう。中東の「パレスチナ人問題」も生じていなかったことは確かだ。
 なお、9月9、10日はユダヤ暦の新年祭ローシュ・ハッシャーナーに当たる。