来月26日、貧者の救済の為に生涯を歩んだカトリック教会修道女、マザー・テレサ(1910年〜97年)の生誕100年目を迎える。世界各地でさまざまな追悼イベントが開催されるだろう。
 マザー・テレサは1979年、修道会「神の愛の宣教者会」を創設して貧者救済に一生を捧げたとしてノーベル平和賞を受賞し、死後は、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の願いで2003年年10月19日に列福されている。
 当方は過去、この欄でテレサのことを何度か書いてきた。テレサ修道女が生前,書いた書簡が公表された時、「マザー・テレサの苦悩」(2007年8月28日)というタイトルのコラムを書き、読者から批判の声を頂いたこともあった。
 生誕100年祭を間近に控え、テレサが生前語った言葉をもう一度思い出してみたい。
 一つは、読者の皆様もご存知と思うが、「愛の反対は憎悪ではありません。無関心です」という言葉だ。初めてその言葉を聞いた時、感動すると共に、テレサは「無関心」のもつ冷酷さを誰よりも知っていたのだろう、と感じた次第だ。
 もう一つは、一人の記者がテレサに「教会で何が変らなければなりませんか」と聞いた時、「あなたと私がね」と答えたという。シンプルなやり取りだが、テレサの答えはことの核心を突いている。そして、今、わたしたちに最も必要な内容を含んでいると思うのだ。
 オバマ米大統領は「We can change」をモットーに大統領選を勝利した。米国民は8年間のブッシュ政権から変革を求めていたので、「チェンジ」は米有権者の心を動かしたわけだ。しかし、テレサの観点からいうならば、オバマ大統領のチェンジも決して十分ではないのだ。
 わたしたちは多くの場合、相手(個人、社会、政府、国家など)に「チェンジ」を求めるが、テレサは「あなたと私」が先ず変らなければならない、と優しく諭しているのだ。
 もちろん、「あなたと私」が変ったとしても、相手が変らないこともあるだろう。しかし、「あなたと私」が変れば、少なくとも相手はその変化に気付くはずだ。それはチェンジへの第一歩となる。
 いずれにしても、素晴らしい数多くの言葉を残してくれたマザー・テレサに感謝したい。それらの言葉一つ一つが人々に感動を与えるのは、テレサ自身がそれらを行動と実践を通じて勝ち取ってきたからだろう。