今日はクリスマスだ。日頃は教会に足が遠ざかっていた人々もこの日は教会を訪れ、家族と一緒に記念礼拝に参加する姿がみられる。日頃は空席が目だった教会もこの日は信者たちで一杯となる。イエスの生誕を称える聖歌や賛美歌が流れ、1年間の疲れを洗い清める気持ちになる日なのだろう。オーストリアでは、クリスマス・シーズンに入ると、多くの慈善団体の募金活動も活発化する。
「毎日がクリスマスだったら、世界は少しは平和かもしれない」と多くの人は考えるが、当地のメデイアは「クリスマス休暇中には家庭不和が原因で殺人や不祥事が通常の日より多く発生している」という犯罪統計を紹介していた。
1年に1度、バラバラだった家族が結集する日がクリスマスだ。だから、楽しい話だけではなく、忘れかけていた葛藤が飛び出すこともあるのだろう。
キリスト教社会の欧州に住む異邦人のクリスマスの過ごし方はどうだろうか。子供たちに強請られてプレゼントを買う家庭もあるが、多くのイスラム教徒の家庭ではプレゼントの交換などしない。普通の休日だ。友人を訪れたり、招いたりするが、特別なことはない。イスラム教徒にとってクリスマスのような祝日は年に2回、ラマダン明けの祝日とメッカ巡礼者を祝うイード・アル・アドハー(犠牲祭)だ。
当方が30年前、欧州に初めて駐在した年のクリスマス、オーストリア人の友人が当方を彼の実家に招いてくれた。クリスマスを独りで過ごすのは可愛そうだと思ったのだろう。友人の実家では全ての親族が集まっていた。クリスマス・イブになると、クリスマス・ツリーの下に置いてあったプレゼントを互いに交換した。当方にもプレゼントが用意されてあった。綺麗な包装紙の中身はワイシャツだった。一晩中、世間話や家族問題などを話しながら過ごした。
欧州のキリスト教社会でも最近、クリスマスはプレゼント交換の日で終わるのではなく、クリスマス本来の意味について考える機会とすべきだ、という声が聞かれる。ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王ベネディクト16世は2007年12月19日、一般謁見で「信仰のないクリスマスは空虚であり、内容がない」と語った。なんと明快な指摘だろうか。
「毎日がクリスマスだったら、世界は少しは平和かもしれない」と多くの人は考えるが、当地のメデイアは「クリスマス休暇中には家庭不和が原因で殺人や不祥事が通常の日より多く発生している」という犯罪統計を紹介していた。
1年に1度、バラバラだった家族が結集する日がクリスマスだ。だから、楽しい話だけではなく、忘れかけていた葛藤が飛び出すこともあるのだろう。
キリスト教社会の欧州に住む異邦人のクリスマスの過ごし方はどうだろうか。子供たちに強請られてプレゼントを買う家庭もあるが、多くのイスラム教徒の家庭ではプレゼントの交換などしない。普通の休日だ。友人を訪れたり、招いたりするが、特別なことはない。イスラム教徒にとってクリスマスのような祝日は年に2回、ラマダン明けの祝日とメッカ巡礼者を祝うイード・アル・アドハー(犠牲祭)だ。
当方が30年前、欧州に初めて駐在した年のクリスマス、オーストリア人の友人が当方を彼の実家に招いてくれた。クリスマスを独りで過ごすのは可愛そうだと思ったのだろう。友人の実家では全ての親族が集まっていた。クリスマス・イブになると、クリスマス・ツリーの下に置いてあったプレゼントを互いに交換した。当方にもプレゼントが用意されてあった。綺麗な包装紙の中身はワイシャツだった。一晩中、世間話や家族問題などを話しながら過ごした。
欧州のキリスト教社会でも最近、クリスマスはプレゼント交換の日で終わるのではなく、クリスマス本来の意味について考える機会とすべきだ、という声が聞かれる。ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王ベネディクト16世は2007年12月19日、一般謁見で「信仰のないクリスマスは空虚であり、内容がない」と語った。なんと明快な指摘だろうか。
