どんな醜男でもその笑顔だけは綺麗だ、というのを聞いたことがある。笑顔はそれだけ相手を和ませる魅力を持っているのだろう。美しい女性が笑顔を見せれば、その美しさは何倍も増幅されることはいうまでもない。
 ところで、最近、北朝鮮外交官の夫人たちに笑顔が戻ってきたように感じる。金正日労働党総書記の重体説、死亡説が巷に燻り続けている時期にもかかわらず、その笑顔は輝きを放つ、といえば誤解を呼ぶかもしれないが……。
 北朝鮮大使館に住む外交官の夫人たちは普段、買物、庭掃除、料理、洗濯などを担当する。時には、門番のような仕事も任せられ、監視カメラに写る路上の通行人に厳しい目を投げかける。
 大使館前で取材する事が多い当方などは、いつもその監視カメラの中に映し出され、その結果、大使館の門戸は一層堅くなることを体験してきた。路上を動物園の熊のようにうろうろする当方を見ながら、夫人たちは笑い出す。何がそんなに可笑しいのか知らないが、当方の仕草を監視カメラで追いながら、女学生のような笑う。「O(当方の名前)が又来た」といっては笑う。
 笑われているのを感じながら、当方にも笑顔が漏れる。夫人たちは益々笑う。そういえば、北大使館から笑い声が外まで漏れることはこれまでなかったことだ、という少し苦い回想が浮かぶ。「O、帰れ」、「スパイめ」――夫人たちも主人の外交官と共に当方に罵声を浴びせ掛けてきたものだ。その罵声が何時の間にか消え、笑い声が響きだした。
 当方は、といえば、外交官夫人の笑いを聞いて、嬉しくなる。そして「どうして彼女たちは笑い出したのだろうか」と考え出す。夫人たちは近い将来起きるであろう何かを予感しているのだろうか。「将来は今より必ず幸せになれる」という確信でもあるかのように、夫人たちは笑う。