北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男・金正男氏(37)が7月上旬、ウィーンを訪問していたことが確認された。知人から電話が入ってきて、「時間があれば、至急に会いたいね」という。
 知人から「会いたい」というのはそう多くない。こちらから「是非、会いたい」というのがこれまでのパターンだったからだ。
 待合場所はいつもの喫茶店だ。よく考えれば、知人とは過去10年間、何かが生じる度にここで会ってきた。食事を一緒にしてゆっくりと話したことなどは数回に過ぎない。通常はコーヒー1杯を飲みながら30分間ぐらい話すだけだ。ビジネスライクの付き合い、といえるかもしれない。
 目的は情報交換だ。ジャーナリストの当方が掴んでいる情報と情報機関に勤務する知人が得たものを物々交換する。当方が提供者であり、知人は聞き手のことが多かった。残念ながら、知人が提供者となることはめったになかった。しかし、当方は彼と既に10年以上付き合っている。保険をかけているような気分だ。
 「金正男がウィーンに来ていたよ。これが写真だ」といって1枚の写真を見せた。空港に到着したばかりの正男の姿があった。
 「どうしてもっと早く連絡してくれなかったのか」と不満をいうと、「こちらも最近、知ったのだ。情報がこちらまで上がって来るのには時間がかかるからね」という。情報機関で働いている者も具体的に現場でオペレーションする工作員と情報を管理・分析する工作員がいる。知人は後者だ。
 写真では、正男氏はサングラスを掛け、口髭(くちひげ)とあご髭を伸ばす一方、頭髪は非常に薄くなっているのが分かる。 正男氏の訪問目的は親族訪問だったという。金総書記の最初の夫人、故成薫琳夫人の実姉の娘夫妻、ユン・ソンリム(59)夫妻と会ったわけだ。ウィーン滞在中は特別な行動は見られず、2004年11月のウィーン訪問時とは異なり、高級ホテル(インターコンチネンタル・ホテル)に宿泊せず、義兄夫妻宅に泊まっていたという。
 「写真は提供できない。写真がメデイィアに掲載されば、誰が撮影したか直ぐにバレてしまうからね」という。だから、正男のウィーン訪問を撮影した1枚の写真のコピーだけを受け取った。
 「後日、詳細な情報を提供できるだろう」というと、知人は「コーヒー代は君が払うんだね」といったジェスチャーをしながら立ち上がった。情報の受け手がコーヒー代を払う、−−過去10年間、当方と知人との間の決まりだ。