韓国ではいま、国家情報院の機構改革が進められていると聞く。現在の国家情報院は米中央情報局(CIA)に倣って設立された韓国中央情報部(KCIA)、1980年代に再編された国家安全企画部(安企部)を母体として生まれてきた機関で、国家安全と情報収集を任務としている。
 国家情報院の機構改革がどのように進行するか注視しているところだが、ここでは1990年代の国家安全企画部のエージェントに対する現場の声を紹介する。当方が直接聞いてきた声であり、国家情報院の改革を考える上で参考となると思うからだ。
 エジプト在中の北朝鮮の張承吉大使がCIA要員にリクルートされた亡命事件以来、安企部の能力に疑問を呈する声が高まっていった。ある北朝鮮工作員は「われわれが最も恐れているのはCIAエージェントだ」と強調する一方、「KCIAエージェントの能力の低さ」を指摘した。韓国当局も当時、「残念ながら北朝鮮情報は米国から提供される情報に依存しているのが現状だ」と認めている。
 ベテランのKCIAエージェントは「韓国動乱を知らない世代がエージェントとして海外で勤務するようになって以来、情報員のサラリーマン化が著しい」と証言する。情報収集活動の性格からエージェントの勤務時間は他の外交官のように一定ではない。それを利用して、昼食に3時間費やし、昼間の時間に奥さんのプレゼントを買う若いエージェントも少なくない。平均3年間の任期中にできるだけ海外生活を楽しみたいと彼らは考えている。肝心の対北情報収集活動は任地先の内務省関係者にもっぱら依存。プレゼントを贈る一方、定期的に食事に招待するなどを通じて、情報提供を受けるケースがほとんどだ。
 先のベテランKCIAエージェントは「最近の若いエージェントは週末を家庭中心で過ごすマイホーム型が多い。だから『週末には電話しないでほしい』と情報提供者に断るエージェントもいるほどだ。われわれの冷戦はまだ終わっていないことを忘れている」と懸念を表明していた。
 あれから韓国を取り巻く政治環境も大きく変わった。そして時代の変遷に伴って機構の改革も不可欠となるが、どのような時代になったとしても機構を支える人材、すなわち、ソフト面の刷新がなければ、ハードの機構改革だけでは成果をもたらすことは難しい。国家情報院の改革でも同じだろう。