石油輸出国機構(OPEC)の本部は現在、ウィーン市2区のオベレ・ドナウ通り93(Obere Donaustrasse)にあるが、来年には1区Wipplinger通り33で建設中の新築ビルに移転する。オーストリア政府とOPEC間で、早ければ9月にも「新本部建物使用に関する追加議定書」が署名される予定だ。
オーストリア政府とOPEC間で本部移転に関する交渉が続けられてきた。その背景には、OPEC関係者の間に「現在のビルが小さいうえ、大きなビルの間に挟まれて日陰となる」(現ビル3階、地下2階)など、不満の声が高まっていた。それに呼応して、アラブ諸国からは本部誘致の話が浮上していた。例えば、レバノンの首都ベイルートやカタールの首都ドーハ市がOPEC本部の誘致に非常に積極的だった。OPEC本部の撤退を恐れたオーストリア側が新本部移転案を提示し、OPEC側にウィーン本部の堅持を説得してきた、というわけだ。
オーストリア外務省報道官は「わが国には国際機関本部が30以上ある。特に、ウィーン市は国際都市であり、国際会議のメッカだ。国連を含め国際機関の本部を誘致することはわが国の外交方針となっている。重要な国際機関のOPEC本部が外国に移動することだけは回避したい」と説明し、OPEC側にウィーンの国連建物と同様、破格の条件で新本部移転を進めていることを示唆した。
「新本部建物使用に関する追加議定書」では、オーストリア側が財政負担を負う一方、OPEC側は新本部の長期使用を約束する内容が明記されることになっている。ただし、オーストリア側の財政負担の詳細な内容については、「追加議定書がまだ署名されていない段階では公表できない」(同国外務省報道官)という。
ところで、OPEC本部といえば、1975年12月、本部襲撃テロ事件が発生したことを思い出す。ベネズエラ出身のテロリスト、通称カルロス・ザ・ジャッカルらテロリストが閣僚会議開催中のOPEC本部を襲撃し、警備の警官と銃撃後、多数を人質にした事件だ。あれから33年が経過した。
OPECは来年には地上8階、地下2階の新築ビル本部で新たな歴史を始めるわけだ。なお、新OPEC本部ビルから100メートルも離れていないところに駐オーストリアの日本大使館がある。
オーストリア政府とOPEC間で本部移転に関する交渉が続けられてきた。その背景には、OPEC関係者の間に「現在のビルが小さいうえ、大きなビルの間に挟まれて日陰となる」(現ビル3階、地下2階)など、不満の声が高まっていた。それに呼応して、アラブ諸国からは本部誘致の話が浮上していた。例えば、レバノンの首都ベイルートやカタールの首都ドーハ市がOPEC本部の誘致に非常に積極的だった。OPEC本部の撤退を恐れたオーストリア側が新本部移転案を提示し、OPEC側にウィーン本部の堅持を説得してきた、というわけだ。
オーストリア外務省報道官は「わが国には国際機関本部が30以上ある。特に、ウィーン市は国際都市であり、国際会議のメッカだ。国連を含め国際機関の本部を誘致することはわが国の外交方針となっている。重要な国際機関のOPEC本部が外国に移動することだけは回避したい」と説明し、OPEC側にウィーンの国連建物と同様、破格の条件で新本部移転を進めていることを示唆した。
「新本部建物使用に関する追加議定書」では、オーストリア側が財政負担を負う一方、OPEC側は新本部の長期使用を約束する内容が明記されることになっている。ただし、オーストリア側の財政負担の詳細な内容については、「追加議定書がまだ署名されていない段階では公表できない」(同国外務省報道官)という。
ところで、OPEC本部といえば、1975年12月、本部襲撃テロ事件が発生したことを思い出す。ベネズエラ出身のテロリスト、通称カルロス・ザ・ジャッカルらテロリストが閣僚会議開催中のOPEC本部を襲撃し、警備の警官と銃撃後、多数を人質にした事件だ。あれから33年が経過した。
OPECは来年には地上8階、地下2階の新築ビル本部で新たな歴史を始めるわけだ。なお、新OPEC本部ビルから100メートルも離れていないところに駐オーストリアの日本大使館がある。
