「政治家のプライバシー」について考えてみた。政治家も一人の人間として、その私生活は尊重されなければならないが、「どこまで私的で、どこから公的か」で議論が分かれるところだ。欧州では、サルコジ仏大統領とカーラ・ブルーニさん(元ファッション・モデル、歌手)の私生活が一時賑わい、政治家の私生活問題が話題となったばかりだ。
ところで、独首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏は4回の結婚歴があるが、それを初めて聞いた時、正直言って驚いた。首相時代には、4度目の夫人(元ジャーナリスト)を随伴させながら、公式訪問をこなしていた。オーストリアのグーゼンバウアー首相は結婚していないが、長年付き合った女性と同居中で、両者の間に1人娘がいる。同国のブッフィンガー社会相は、夫人とは別居中で、現在、若い女性と同棲している、といった具合だ。身近な政治家の私生活を振り返っただけでも、結婚回数、同居形態まで、さまざまなパターンがあるわけだ。
興味ある事実は、結婚と離婚を繰り返したシュレーダー氏が当時、国民の間で結構人気があったということだ。プレイボーイという理由から支持率が減少した、ということは現職中にはなかった。また、オーストリア社会相は、国民の政治家人気ランキングを見ると、閣僚の中でも人気が高い。同国メディアや国民から「道徳心の欠けた政治家」といった批判を聞いたことがない(グーゼンバウアー首相の人気ランキングは低いが、正式に結婚していないから、というより、その政策履行能力に対する不満があるからだ)。
欧州社会では、離婚は当たり前、同棲はもはや珍しくなくなった。政治家も決して例外ではない。是非は別として、ブッフィンガー社会相などは最もナウなトレンドを体現化した政治家といえる。
テーマに戻る。政治家の私生活は尊重すべきだが、政治家である限り、その私生活は国民の目に晒され、その影響は一個人の域を越え社会全般に及ぼす。人気歌手や俳優の麻薬問題や同性愛宣言が青少年に大きな影響を及ぼすのと同じだ。結婚・離婚を繰り返す政治家がどうして「家庭の重要性」を主張できるだろうか。
その意味から、「政治家は公私両面で国民の模範とならなければならない」と言いたいところだが、政治家へのハードルが高すぎると、政治家になれる人物がいなくなる恐れがある。だから、「政治家の先生、心を引き締めて、公務に励んで下さい」とだけ言っておこう。
ところで、独首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏は4回の結婚歴があるが、それを初めて聞いた時、正直言って驚いた。首相時代には、4度目の夫人(元ジャーナリスト)を随伴させながら、公式訪問をこなしていた。オーストリアのグーゼンバウアー首相は結婚していないが、長年付き合った女性と同居中で、両者の間に1人娘がいる。同国のブッフィンガー社会相は、夫人とは別居中で、現在、若い女性と同棲している、といった具合だ。身近な政治家の私生活を振り返っただけでも、結婚回数、同居形態まで、さまざまなパターンがあるわけだ。
興味ある事実は、結婚と離婚を繰り返したシュレーダー氏が当時、国民の間で結構人気があったということだ。プレイボーイという理由から支持率が減少した、ということは現職中にはなかった。また、オーストリア社会相は、国民の政治家人気ランキングを見ると、閣僚の中でも人気が高い。同国メディアや国民から「道徳心の欠けた政治家」といった批判を聞いたことがない(グーゼンバウアー首相の人気ランキングは低いが、正式に結婚していないから、というより、その政策履行能力に対する不満があるからだ)。
欧州社会では、離婚は当たり前、同棲はもはや珍しくなくなった。政治家も決して例外ではない。是非は別として、ブッフィンガー社会相などは最もナウなトレンドを体現化した政治家といえる。
テーマに戻る。政治家の私生活は尊重すべきだが、政治家である限り、その私生活は国民の目に晒され、その影響は一個人の域を越え社会全般に及ぼす。人気歌手や俳優の麻薬問題や同性愛宣言が青少年に大きな影響を及ぼすのと同じだ。結婚・離婚を繰り返す政治家がどうして「家庭の重要性」を主張できるだろうか。
その意味から、「政治家は公私両面で国民の模範とならなければならない」と言いたいところだが、政治家へのハードルが高すぎると、政治家になれる人物がいなくなる恐れがある。だから、「政治家の先生、心を引き締めて、公務に励んで下さい」とだけ言っておこう。
