トニー・ザイラーといえば、1956年の冬季オリンピック(コルティナダンペッツォ大会)で滑降、回転、大回転の3種目で金メダルを獲得し、アルペンスキーで初の3冠王となった伝説的なオーストリアのスキー選手だ。同選手が主演した映画「白銀は招くよ」は日本でも上演され、今なお多数のファンがいる。当方も子供の時、その映画を観た覚えがある。だから「トニー・ザイラー」という名前は当方がオーストリア着任前から知っていた唯一のオーストリア人名だった。
そういうこともあって、2002年9月、西暦2010年に開かれる冬季オリンピックの開催地に立候補していたザルツブルク市の開催誘致のため活躍中だった同氏との会見は、当方にとって忘れる事が出来ない思い出となった。そのザイラー氏(72)ががんと戦っていることを最近、知った。
オーストリア日刊紙「オーストライヒ」が21日付で同氏との会見記事を掲載している。そこで同氏は自分が咽頭がんであること、インスブルック大学病院で治療を受けていることを明らかにする一方、「72歳になれば、そのような病気に一度はなるものだ。自分はこれまで素晴らしい人生を送ってきた。死を恐れてはいない」と述べている。ザイラー氏は愛妻を7年前にがんで失っている。
当方がインタビューで「日本ではザイラーさんのファンが多くいますよ」というと、同氏は嬉しそうな顔をして、「私は日本に多数の友人を持っている。日本人がオーストリア、そしてザルツブルクに対して良き思い出を持っていることを信じている。プラハで開かれるIOC総会で日本の支援も受け、ザルツブルクが正式に開催地となれることを夢見ている、と伝えてほしい」と述べたほどだ。
ザルツブルク市は落選し、同氏の夢は実現できなかったが、その後も度々、テレビ番組に出演している同氏を見た。トニー・ザイラー氏の回復を祈念する。
最後に、6年前のザイラー氏とのインタビューの一部を紹介する。
――近代オリンピックはコマーシャリズムに汚染され、オリンピックの精神が忘れられる傾向が出てきました。
「オリンピックは世界大会や欧州大会とはまったく異なったものだ。オリンピックはオリンピックだ。全てのスポーツ選手にとってオリンピック参加は夢である。オリンピックは世界最大のスポーツ祭典だ。世界中の国民が選手の一挙手一投足を見守っている。それだけに、オリンピックの精神を忘れないでほしい」
そういうこともあって、2002年9月、西暦2010年に開かれる冬季オリンピックの開催地に立候補していたザルツブルク市の開催誘致のため活躍中だった同氏との会見は、当方にとって忘れる事が出来ない思い出となった。そのザイラー氏(72)ががんと戦っていることを最近、知った。
オーストリア日刊紙「オーストライヒ」が21日付で同氏との会見記事を掲載している。そこで同氏は自分が咽頭がんであること、インスブルック大学病院で治療を受けていることを明らかにする一方、「72歳になれば、そのような病気に一度はなるものだ。自分はこれまで素晴らしい人生を送ってきた。死を恐れてはいない」と述べている。ザイラー氏は愛妻を7年前にがんで失っている。
当方がインタビューで「日本ではザイラーさんのファンが多くいますよ」というと、同氏は嬉しそうな顔をして、「私は日本に多数の友人を持っている。日本人がオーストリア、そしてザルツブルクに対して良き思い出を持っていることを信じている。プラハで開かれるIOC総会で日本の支援も受け、ザルツブルクが正式に開催地となれることを夢見ている、と伝えてほしい」と述べたほどだ。
ザルツブルク市は落選し、同氏の夢は実現できなかったが、その後も度々、テレビ番組に出演している同氏を見た。トニー・ザイラー氏の回復を祈念する。
最後に、6年前のザイラー氏とのインタビューの一部を紹介する。
――近代オリンピックはコマーシャリズムに汚染され、オリンピックの精神が忘れられる傾向が出てきました。
「オリンピックは世界大会や欧州大会とはまったく異なったものだ。オリンピックはオリンピックだ。全てのスポーツ選手にとってオリンピック参加は夢である。オリンピックは世界最大のスポーツ祭典だ。世界中の国民が選手の一挙手一投足を見守っている。それだけに、オリンピックの精神を忘れないでほしい」
