駐オーストリアの北朝鮮大使館はオーストリアと国交を結んで以来、現在まで同じ住所だが、北朝鮮大使館の商務官が拠点とする貿易部事務所は過去、何度も変わった。北朝鮮と貿易関係のあるウィーンの会社が北朝鮮の貿易部事務所の住所が分からないため、韓国貿易センター(KOTRA)に電話を入れ、「北朝鮮の貿易部事務所はどこにあるかご存知ありませんか」と聞いてきたという。それほど、北朝鮮の貿易部事務所は移転ばかりしている。当方がやっとのことで事務所の住所を入手して、そこに行ってみると既に空で、移転した後だったこともあった。
 2年前、ようやく新しい住所を見つけ出したので、訪問してみた。戸が開くと朴商務官が出てきて、「何しにきたのか」と招かざる訪問者の当方を外に押し出そうとした。当方は「オーストリアとのビジネスについて、少し近況を聞きたいと思いましてね」といって懸命に食い下がったものだ。
 ウィーン15区にあったその貿易部事務所が最近、朴商務官と共に姿を消したのだ。同事務所を借り受けた食糧小売業者は「北朝鮮大使館に電話すれば分かるはずですよ」といってくれたが、これまでの経験から「大使館は教えてくれませんからね」と溜息交じりで答えただけだ。
 ちなみに、朴商務官の夫人は最近オーストリア国籍を取得した才媛だ。大使を務めた父親をもつ夫人はウィーン大学を修了し、ドイツ語も流暢だ。英語しか話せない朴商務官を支えているわけだ。北朝鮮最高指導者の金正日労働党総書記の長男・金正男氏が2004年11月、ウィーンを訪問した時、ウィーンで会った2人の北朝鮮人のうちの1人だ。正男氏は朴商務官と欧州でのビジネスについて話したのではないかと言われている。
 北の貿易部事務所が頻繁に移転する理由については、米国ら敵国の盗聴を回避するため頻繁に移動する盗聴防止説から、不法取引が多いために住所を知られては具合が悪いからだ、といった不法活動隠蔽説まで、さまざまな理由が考えられてきた。
 いずれにしても、北の貿易部事務所の住所を見つけ出すことは、簡単ではないのだ。電話帳には古い住所しか載っていない。これで果たして、オーストリア企業とビジネスができるだろうか、と他人事ながら心配になってしまう。
 ベートーベンは生前、ウィーン市内を17、8回、引っ越しした。引っ越し魔だった。隣人関係や騒音問題などもあって定住できず、ウィーン市内を転々としながら生きていった。しかし、彼は引っ越しを繰り返しながらも世界的名曲を作曲したが、北の貿易部事務所は頻繁に拠点を変えながら何をしようとしているのだろうか。