人事を間違えば、会社も国家も運営がうまくいかない。世界に約11億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁にとっても人事は教会の行方を左右する重要行事だ。それだけに、バチカンの人事は慎重を極める。そのバチカンがここにきてロシア・モスクワ大司教人事を断行して注目されている。
 ベネディクト16世は21日、モスクワの「神の母教会」(カトリック教会)のタデウス・コンドロシュービッチ大司教の後継者にイタリア出身のパオロ・ペツィ氏を任命した。ペツィ氏はまだ47歳だ。年齢からみるならば、異例の抜擢となる。この大胆な人事が吉と出るか、凶となるかは暫く時間が経過しないと判断はできない。
 バチカンからの情報によれば、ペツィ氏は2004年以来、サンクトペテルブルクで神学校を主導し、1年前に校長に就任したばかりだ。同氏はローマのドミニコ修道院系大学で修学し、1990年に神父に叙階された。「シベリアのカトリック教、源流・迫害、現実」をテーマに法王庁立ラテラン大学で博士号を修得。ロシアでほぼ15年間、カトリック信者たちの牧会を経験している。なお、同氏は来月27日、司教に叙階されることになっている。
 一方、前任者のコンドルシュービッチ大司教は16年前、故ヨハネ・パウロ2世によってモスクワ大司教に任命されたポーランド系のベラルーシ人だ。同大司教は冷戦終焉後、ロシア内でカトリック教会の基盤を構築するために奮闘してきた。それ故にというか、ロシア正教会から厳しい批判に晒されてきた聖職者だ。
 ロシア正教の最高指導者アレクシー2世は過去、「バチカンは旧ソ連連邦圏内で宣教活動を拡大し、ウクライナ西部では正教徒にカトリックの洗礼を授けるなど、正教に対して差別的な行動をしている」と激しく批判してきた。そのため、冷戦終焉後もローマ法王との首脳会談は今だ実現していない。
 今回の人事は、バチカンがアレクシー2世に向け発信した政治シグナルとも受け止めることができる。すなわち、バチカンがロシア正教会から嫌われてきたモスクワ大司教の顔を入れ替えることで、「正教とカトリック教会の関係改善を期待する」との願いをモスクワに送ったというわけだ。
 ちなみに、今年4月に死去した傅鉄山司教の後任に中国共産党官製のカトリック愛国会が任命したジョゼフ李山司教を承認するなど、ベネディクト16世の外交は、教義問題で見せる頑迷さはまったくなく、極めて柔軟で実務的だ。