世界最大のキリスト教派ローマ・カトリック教会では現在、「ファティマの第4の予言」の有無について議論が沸いている。その直接の契機はイタリア作家アントニオ・ソチ氏が昨年、「バチカン法王庁はファティマの第4の予言を隠蔽している」との内容の著書を出版したことにある。
 それに対し、国務省長官のタルチジオ・ベルトーネは21日、「ファティマの最後の予言者」という著書を公表し、聖母マリアから予言を受けた最後の生き証人ルチアとの会話内容を紹介するなど、ファティマの問題はここにきて再び活発化してきたのだ。
 聖母マリアは1917年5月13日、ファティマの3人の羊飼いの子に現れ、3つの予言をした。特に、「第3の予言」については世界の終末を預言しているなど、さまざまな憶測が流れてきたが、新ミレニアムの西暦2000年、教理省長官であったヨゼフ・ラツィンガー枢機卿(現ローマ法王べネディクト16世)は「第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺を予言していた」と発表し、「ファティマ」問題に終止符を打った。
 それでは何故、ここにきてファティマの「第4の予言」有無が議論を呼ぶのだろうか。バチカン側は「まったく根拠のない議論」と冷静を装っているが、理由はあるのだ。当方も当コラム欄で「ファティマの第3の予言は故ヨハネ・パウロ2世の暗殺を予言したものではない」と繰り返し主張してきた。
 ここで少し、事実関係を復習しておく。ファティマの「第3の予言」内容を知っていた聖職者は当時、2人いた。1人はヨハネ・パウロ2世であり、もう1人はラツィンガー枢機卿だ。その教理省長官が説明するように、第3の予言内容がローマ法王暗殺を指していたとすれば、暗殺未遂事件直後、ヨハネ・パウロ2世はその意味内容を誰よりも理解できる立場にいたはずだ。しかし、ヨハネ・パウロ2世は当時、暗殺事件と第3予言の関連に何も言及していないのだ。これは何を意味するのだろうか(故ヨハネ・パウロ2世自身は著書「記憶とアイデンティティー」の中で、81年の暗殺未遂事件の黒幕を「共産主義国」と示唆している)。
 実際、前法王の言動を誰よりも知っていた個人秘書のジヴィシ大司教は著書の中で「ヨハン・パウロ2世が暗殺未遂事件をファティマの第3予言との関連性から捉えていなかった」と証言しているのだ。
 バチカン側の説明が正しいとすれば、,匹Δ靴橡_Π纏μた觧件後(1981年)に第3の予言内容を公表しなかったのか、▲侫.謄マの証人ルチアは生前、「第3の予言は決して終末的なカタストロフィーの内容ではなく、むしろ良き知らせです」と述べている、聖母マリアは3人の羊飼いに「第3の予言は1960年まで公表してはいけない」と言ったが、何故か、ね啝瑤い裡運諭▲筌船鵐燭「隠れたイエスに会えずに死ななければならない」と嘆いたといわれるが、「隠れたイエス」とは何を意味するのか、等々、多くの疑問に明確な答えがないのだ。
 ファティマの「第4の予言」有無問題が浮上するのは、「第3の予言」内容が依然、公表されずに封印されているからではないだろうか。