北朝鮮の平壌ピアノ製造会社と合弁事業を運営しているウィーンのピアノ・メーカーの老舗「J・ネメチュケ社」のネメチュケ社長に、事業の近況を聞くために電話した。
 すると、電話先で社長は「北朝鮮との合弁会社は最近、破棄したよ」というではないか。
 当方が今年3月、会社を訪れて社長に会った時、「事業は順調に発展し、年間約300台のピアノを製造、輸出しているという。平壌からはピアノの外枠の半製品が運ばれ、ウィーンの仕事場でピアノの機材を挿入して完成している」と説明し、「北朝鮮でピアノの半製品を製造し、ウィーンで完成することによって、価格競争で有利となる」と、事業の将来に対して楽観的な見通しを述べてくれたばかりだ。
 「どうしたんですか」と聞いた。
 ネメチュケ社長は「北朝鮮とは一緒にビジネスができないことが分かっただけだ」という。具体的には、「北朝鮮側は納期を守らないし、支払いモラルは非常に悪い。その上、あちらでは、今日決定したことが明日になれば変ることが日常茶飯事だ。ビジネスなんかやっていけないよ」と合弁事業の解消の理由を挙げた。
 平壌のパートナー側と技術提携を開始した直後、社長は「年2回ほど、北朝鮮の会社を訪問し、製造担当者に品質管理を指導している」と述べるほど、品質管理には神経を使っていた。
 111年の歴史を有する同社はピアノ・メーカーの老舗だ。その会社が誇るピアノ製造のノウハウを極東アジアの北朝鮮ピアノ製造会社に伝授することは決して容易な仕事ではないからだ。
 そこで社長に「突然の提携中止の背景には、品質問題があるのではないですか」と聞いてみた。すると「平壌のパートナーは品質では向上し、こちらも満足していた。北朝鮮の職人は人間的にはいい人たちだよ。しかし、あそこの国とはビジネスはできないというだけだ」と強調した。
 「社長は正式に合弁事業の解消通知を平壌側に連絡されたのですか」としつこく尋ねると、社長は「何を連絡しても返答がない国だよ」といって、「J・ネメチュケ社」の一方的な解消宣言であることを示唆した。
 音楽の都ウィーンのピアノ・メーカーの老舗「J・ネメチュケ社」と平壌ピアノ製造会社間の合弁事業は3年余りで閉じることになるわけだ。ちなみに、 平壌で昨年12月28日、モーツアルト生誕記念コンサートが開かれ、オペラ「フィガロの結婚」の序曲やピアノ協奏曲23番などが演奏されたが、そこで使用されたピアノは北朝鮮と「J・ネメチュケ社」の技術提携の結実であったことを付け加えておく。