欧州はキリスト教文化圏に属する。キリスト教会に対して中世時代のような盲目的な信仰はもはや見られなくなったが、宗教(教会)は依然、住民の生活と密着している。欧州人はいざとなれば自身の信仰の自由を守るために戦うことをも惜しまない。共産政権が支配していた冷戦時代の旧ソ連・東欧諸国を想起すれば理解できることだ。旧東欧の民主化は宗教の自由運動がその原動力だった(例えば、ポーランドの自由化、チェコスロバキアの民主革命など)。
 そこで、最近の欧州の宗教事情を少し紹介する。北欧のノルウェーではキリスト教会とイスラム教徒間で改宗の権利に関する合意書が調印されたばかりだ。同国では約85%の国民が福音ルーテル教会に所属し、イスラム教徒数は約7万人だ。合意文書はイスラム教徒がキリスト教徒に、キリスト教徒がイスラム教に改宗する自由を尊重するというものだ。スイスでもキリスト教会関係者が同様の合意書を2010年までに作成する方向で協議している。その背景には、イスラム教徒がキリスト信者に改宗した場合、イスラム教社会から排撃されたり、暴行を受けるといった事件が発生しているからだ。
 一方、ドイツのケルン市では、イスラム寺院のミナレット問題が大きな社会問題となっている、独のトルコ・イスラム教同盟(Ditib)はイスラム寺院建設を計画している。Ditibの計画によれば、2000人の信者収容可能な寺院で、高さ30メートルの丸天井に2塔のミナレット(高さ56メートル)が予定されている。それに対し、キリスト教会関係者や政治家の一部からは反対の声が出ている。
 イスラム諸国では祈りの時間を知らせる呼びかけ「アザーン」が寺院のミナレットから鳴り響く。イスラム教徒は1日5回の祈りが義務付けられている。ケルン市でミナレットからアザーンが鳴り響けば、キリスト信者が大多数を占める同市の市民はきっと戸惑いを感じることだろう。
 同じ問題を抱えるオーストリアのケルンテン州では、ハイダー州知事が「わが州ではイスラム寺院の建設を全面的に禁止する」と表明しているほどだ。ちなみに、スイスのベルン市議会は8月、ミナレット建設禁止案を否決したばかりだ。ミナレット禁止は「宗教の自由」の原則と一致しない、という意見が多数を占めたからだ。
 南欧のセルビア共和国のコソボ自治州では、少数派のセルビア正教徒と人口の90%以上を占めるイスラム系アルバニア人住民との間で依然、小競り合いが続いている。国連教育科学文化機関(UNESCO)の調査によれば、コソボ自治州の民族紛争で135の正教の教会建物と数多くの修道院が破壊されたという。
 このように見ていくと、無神論を宣言する共産主義の挑戦を退けたキリスト教圏の欧州が今日、イスラム教のさまざまな攻勢に直面していることが分かる。