北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記はスイスが好きだ。「何故好きなのか」、本人に直接聞かない限り、説明できないが、金総書記の行動を見ていると、「スイスが好き」という結論が出てくる。
 スイスは欧州連盟(EU)や北大西洋条約機構(NATO)にも加盟せず、永世中立主義を国是として生きてきた。同国でもEU加盟を問う住民投票が行われたことがあるが、加盟反対の声が強く、EU加盟はこれまで実現していない。
 同じアルプス小国だが、オーストリアが第1次世界大戦、第2次世界大戦に関与することで、歴史の放流に巻き込まれていったのとは好対照で、スイスは1815年、ウイーン会議で永世中立が承認された後、大国のフランス、ドイツらの侵攻を阻止してきた。是非は別として、「スイスらしく考え、スイスらしく行動した」結果、歴史の濁流から一歩、距離を置いてきた。
 そのスイスを金総書記は好きなのだ。実際、金総書記の長男・正男氏は1980年代、数年間ジュネーブの国際学校に通い、次男の正哲氏も93年からベルンの国際学校に留学している。ちなみに、金総書記の父親・金日成主席が心臓病を患った時、ジュネーブの心臓外科医に手術を依頼したことがあるから、故金主席から親子3代がスイスと「縁」を結んできた、ともいえるわけだ。
 それだけではない。金総書記は金日成主席死去「3年の喪」が明けた97年4月、同国の駐在ジュネーブの李徹大使を通じて大邸宅(当時で約4億3千万円)を購入している。西側情報機関は当時、「金正日ファミリーの亡命先」と受け取ったほどだ。
 それに先立ち、金総書記の海外資金の一部がウィーンからスイスに移動していることが判明している。ウィーンを訪問した韓国の孔魯明外相(当時)は96年、同国のナイサー国会第2議長にオーストリア国内の金ファミリーの銀行口座の調査を依頼している。その調査結果は先述したように、「金ファミリーの海外資金はスイスに結集され、ウィーンには隠し口座はもはやない」というものだった。金総書記にはスイス・フランが世界で最も安定した通貨という評価があるのだろう。
 ところで、スイスの企業は国際企業、例えば、世界的重電企業ABB社(アセア・ブラウン・ボベリ)は2001年、多国籍企業としては初めて平壌に事務所をオープンする一方、軽水炉主要機材受注にも参加するなど、同国の国際企業は北朝鮮市場にも関心を有している。ちなみに、平壌からはスイスに市場経済を学習するため経済使節団が派遣されるなど、両国間の経済的交流も案外活発だ。