セルビア共和国に帰属するコソボ自治州の最終地位交渉がいよいよ大詰めを迎えた。ウィーンでは21日からアハティサーリ国連特使(前フィンランド大統領)がまとめた仲介草案をめぐり、セルビア側とコソボ自治州側代表が最後の協議に入った。
 それに先立ち、アハティサーリ国連特使は同日、オーストリア国際会議場で記者会見を開き、協議の見通しについて語ったが、その時だ。「今回の協議がいつまで続くかは現時点では不明だ。今週から来週にかけて」というべき個所を、「今週から来年にかけて」といってしまったのだ。国連特使は笑いながら、「もちろん(来年ではなく)来週にかけてだ」と修正するという場面があった。いい間違いは誰にでもあることだ。だから、国連特使のいい間違いを取り立ててここで非難する考えはない。
 しかし、コソボ自治州地位交渉をフォローしてきた記者の1人として、当方は国連特使のいい間違いは非常に深い背景がある、と確信している。その間違い発言の深層心理を分析することで、コソボ問題の複雑さ、難しさが読者にも自然に伝わるのではないだろうか。
 90%の住民がアルバニア系で占められているコソボ自治州では、共和国からの離脱を要求する声が強い。その中で過去、武装闘争が生じ、多数の住民が犠牲となってきた経緯がある。セルビア側は「コソボはセルビア文化の核だ」としてコソボの離脱を絶対に認めないからだ。
 一昨年11月からウィーンでスタートした自治州の地位交渉はこれまで50回以上の協議を重なてきた。その成果を踏まえ、国連特使が今月2日、仲介案をまとめベオグラードとプリシュティナに説明してきた。
 仲介案では、「独立」という言葉は使用されていないが、コソボ側に独自憲法の保有を認め、国際機関への加盟や国際条約締結の権利を付与するなど、独立国家の形態が認められている。そのため、セルビア側は強く反発し、議会は今月14日、仲介案に反対する決議を採択している。
 一方、コソボ自治州でも、主権の制限など完全な独立国家からは程遠い内容として批判の声が挙がり、不満をもった住民が今月10日、国連警察と衝突したばかりだ。すなわち、セルビア側とコソボ側のポジションはまったく異なり、妥協の余地がないわけだ。
 しかし、国連特使は紛争双方を交渉テーブルに呼び、妥協を模索しなければならない役割がある。交渉を何日間続けたら解決されるという問題ではないことを国連特使自身が最も良く知っているはずだ。だから、国連特使のいい間違い発言は「協議を来年まで続けても妥協は難しいよ」という本音が思わず飛び出したのではないか。これが当方の国連特使間違い発言の深層心理分析だ。