泌尿器系の癌で入院していた友人が最近、退院した。
 早速、会って状況を聞いたが、予想に反して、顔色もよく、元気がいい。
 「手術は成功、悪腫瘍は全て摘出した」という。もちろん、再発防止のために長い治療が控えている。
 友人は手術後、集中治療室(ICU)に運ばれた。夜中になって麻酔が切れると、空腹と床ずれで我慢できなくなった。ベットの傍のボタンを押すと、隣室の看護婦さんがきて、背中を摩ってくれた。床ずれは暫くしてなくなったが、空腹の苦しみが限界を超えてきた。
 友人は言う。「幸い、ICUにいた別の患者も空腹だった。われわれの苦境を感じた看護婦が『お腹が空いたの』と聞いてくれた」という。
 暫くすると、その看護婦さんが一口サイズに切ったサンドウッチを運んで来てくれた。
「例外ですよ」というと、4個の一口サンドが載った皿をベットの横に置いてくれたという。
 「あんなに美味しかったサンドウッチは食べたことがなかった。本当に美味しかった」と、何度も強調した。
 友人が健全な食欲の保有者であることは知っていたが、がんの手術直後、「空腹で苦しんだ」という説明を聞きながら、「がんで鬱になるタイプではないな」と安心したものだ。
 友人が手術後も元気だったのは、手術が成功したこともあるが、看護婦さんの心もこもった差し入れがあったからだろう。
 作家の故遠藤周作の夫人、遠藤順子さんはその著書「夫の宿題」の中で、遠藤氏が生前、提唱された「心あたたかな病院運動」を紹介されていたが、友人は異国の地であったが、幸いにもいい病院と看護婦さんに恵まれたことだけは確かだ。